ちごちごの花

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こんな話がございます。

昔、信州は奈良井川を見下ろす丘の上、八幡原と申すところに、貧しい村がございました。
ございましたと申しますのは、もう元の村は残っていないからで。

あのあたりでは翁草(おきなぐさ)を、「ちごちごの花」と呼ぶそうでございます。
翁草のことはご存知でしょうナ。
いつも俯向いたように花を咲かせ、枯れると白い綿毛ばかりになる。だから、翁草。

それがどうして、「稚児(ちご)」と呼ばれるのか。
それにはこんな謂われがあるそうで。

この村にはかつて一軒の長者屋敷がございました。
ところが、広い屋敷に住んでいたのはあるじの老人、ただ一人。
長者はどうしても跡を継がせる子どもが欲しい。
が、寄る年波には勝てません。
すっかり諦めていたある晩のこと、夢にお告げを受けました。

お前に子どもがいないのは、先祖の悪業が報いているのだ。
村人たちのためになるようなことをすれば、子宝にも恵まれよう。
ト、そんな夢であったとか。

もっとも、夢は五臓の疲れとも申します。
当人に何か後ろ暗いことがありはしなかったか。
自分がこの世に生まれているのですから、さもなくば道理に適わない。

その後ろ暗さを晴らしたかったのか。
さてまた深い信心のためか。
長者は村に水を引くことを思い立ちました。

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丘の上のこの村には水路がない。
人々は細々と畑を耕しておりますが、それも雨頼みです。
長者は大金を投じまして、奈良井川から水を引き、田を作らせました。
ようやく米の飯が食えるようになり、確かに村人たちは喜んだ。

困ったときの神頼みとは申しますが、常日頃信心は心がけていたいものですナ。
ト申しますのも、それからしばらく経ったある日のことでございます。
川上から小さなたらいが流れてくるではありませんか。

どんぶらこ、どんぶらこ――。

などと、長閑な光景を思い描いてはいけません。
あの辺りは結構な急流でございます。

ドーッ、ドーッと激しく音を立ててうねる水。
呑み込まれそうになりながら流されていく、木の葉のように小さなたらい。
それが川岸に打ち上げられたのを、長者が偶然目にしました。

ト、その中にナント、産まれたばかりと覚しき赤子が眠っていたのだから、驚いた。
これぞ過日、夢枕に立ちし神の霊験なりやト、長者が思ったのももっともなことで。
赤子を屋敷に連れ帰ると、それはもう大事に育てました。

――チョット、一息つきまして。

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