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土蜘蛛

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どこまでお話しましたか。
そうそう、源頼光が名刀膝丸を抜き、蜘蛛の化け物を斬りつけたところまでで――。

この騒ぎを聞きつけて、いち早く駆けつけましたのは。
配下の侍、名を独武者(ひとりむしゃ)。
身は独りではありますが、大勢の家来を連れています。

「ムムッ。この血しぶきは――。何事でござる」

頼光はかくかくしかじかと、事の次第を告げました。

「これもひとえに剣の威徳よ。これより後、名を蜘蛛切と改めようぞ」
ト、名刀の霊威を讃えはしましたが。

「それにつけても、化生の者を取り逃がした悔しさよ」
ト、頼光は臍を噛む。

「実にけしからぬ奴にございます。しかし、こうして難を逃れましたのも、君のご威徳、剣の威光。この血の跡を追って独武者が、化生の者を成敗してみせましょうぞ」

みずからそう請け負いまして、独武者は家来を引き連れ、血の跡を追う。
数十人のつわ者が、目を皿のようにして、跡を追って行きます。
どこまでも、どこまでも、大蜘蛛の血は続いていく。

とうとう大和と河内の境、葛城山の麓までやってきた。
ようやく血の跡が途絶えたのは、一基の古塚の前でございます。

もとより、独武者は血気盛んな侍で。
王土王地を穢されたことが、腹立たしくてなりません。

「土も木も 我が大君の国なれば いづくか鬼の 宿りなる」
ト、まずは詠じまして。
それから大声で塚に向かって呼びかけました。

「ヤイ、化生の者。聞いておれ。己は頼光様の家中に聞こえしつわ者、その名も独武者だ。どんな天魔鬼神だろうが、容赦はせぬ。一思いに斬り殺してくれるから、そう思え」

ト、独武者が威勢よく叫んだかと思うと、家来たちがどっと雪崩れ込んでいきます。
口々に叫び声を上げながら、塚を掘り起こし、石室を暴こうとする。

ト、そこへ――。
塚の中から、火焔がボーッと激しく放たれました。
さしものつわ者たちもたまらない。
炎に包まれて、身を焦がしながら塚を転げ落ちていく。

ようやく、炎が鎮まったかと思いますト。
今度は大水が噴き出して、行く手を阻む。
その大水をかき分けるようにして。

「待て。待て、待て、待て」

ト、岩間の陰より怪しい声がする。
姿を現したのは、かの大蜘蛛でございます。
もののふたちは息を呑む。

「貴様ら若造は知りもしまい。己はこの葛城山にいにしえより住まってきた、土蜘蛛の精魂だ。まだまだ貴様らの好きにはさせぬ。聞けば頼光は日の本一のつわ者などと、図に乗っておるそうではないか。目にもの見せてくれようと、思ったまでよ」

不敵な笑い声を響かせておりますが、どこか吐く息に力がない。
独武者は一歩も退かずに叫びます。




「どこまでもけしからぬ奴。その息が力ないのも、王地に住まいながら障りをなした天罰だ。止めを刺してくれるから、待っていろ」

独武者の指図で、つわ者たちが一斉に踊りかかります。
大蜘蛛もさすがは年経た精霊、千条の糸を手繰り寄せ、次々と放ってくる。
もののふたちの手足に絡みつき、五体を縛り上げて苦しめる。

こうなるともう防戦一方で。
つわ者たちはいよいよ追いつめられていきましたが。
独武者も音に聞こえた豪の者。
力を限りに叫びます。

「神国王地の恵みよ、助け給えッ」

その大声に力を得て、もののふたちが斬りかかる。
きらりと放たれた剣の光に、土蜘蛛はハッと怯んで退いた。

「神国王地の恵みよッ」

もののふたちが斬りかかる。
剣にきらりと光が走る。
土蜘蛛が怯んで後に退く。

振りかぶれば怖れをなし、振りかぶれば怖れをなす。

「神国王地のッ――」

ト、最後の一太刀は独武者が振り下ろしました。

こうして、ついに独武者とつわ者たちは、土蜘蛛の首を斬り落としまして。
一同、喜び勇んで都へ帰りました。
時を同じくして、頼光の病も本復いたしましたので。

めでたしめでたしと、言いたいところではございますが。
英気を取り戻した豪傑が、まっさきに思い出した者がある。

「侍女の胡蝶をここへ連れてまいれ」

ト、家中に下知いたしましたが。

いくら探してみましても、そんな者はおりませぬト。
家中の者は首をひねるばかりで。

それでは、あの胡蝶とは一体何者だったのかト。
もしや蜘蛛に食われた蝶の精霊だったのではないのかト。
豪傑はあれやこれやと思いを巡らして。
霧のように消えた胡蝶の名残りを、いつまでも惜しんでいたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(室町末期ノ謡曲「土蜘蛛」ヨリ)

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