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十六人谷

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どこまでお話しましたか。
そうそう、弥助老人が若いころ、夢でお告げを受けた柳の木を実際に目にしたところまでで――。

木樵たちは突然、飯炊きの弥助が伐るなと叫ぶので、呆気にとられて振り返りました。

「何をでしゃばりやがる」
「口出ししないで、お前は飯の支度をしろ」

そう咎められると、言い返すすべもございません。
弥助は、小屋で握ってきた飯やら山菜やらを取り出した。

そのうちに柳の巨木も無事伐り倒しまして。
木樵たちは弥助の用意した飯をうまそうに食う。
その日の仕事はそこまでで、一行は小屋に戻って休みます。

弥助はまた飯を炊き、汁を煮て、木樵たちに夕飯を食わせます。
自身も一緒になって、飯を掻き込み、夜が更けるとみなで雑魚寝する。

ト、妙なことが起きました。

夜中、弥助はふと目を覚ましました。
十六人の若い木樵たちの鼾が小屋に轟いている。
その時、不意に小屋の扉が開いたかと思うと、そこに人影がありました。

「あれは――」

弥助が驚いたのも無理はない。
昨晩の夢に出てきた女が、そこに立っていたのでございます。

女は静かに小屋に入ってくる。
寝ている木樵の一人に近づいていく。
ト、その顔の前にかがみこんで、ゆっくり口を近づけていった。

女が木樵の口に口を重ねます。
フッと、息を送り込む。
そのまま何かを含んで口を離した。

弥助はその様子を目にして凍りつきました。

女の口元がべっとりと血で濡れている。
隣の男の顔の前にかがみ込み、やはり血まみれの口を重ねます。
そうして十六人の木樵全員を回り終わると、最後に弥助の元へ来た。

女は氷のように冷たい手で、弥助の顔を包みます。
弥助は何も出来ずに、ただわなわなと震えている。

女の顔が近づいてくる。
その目には、恨みにも諦めにも似た冷たさがある。
じっと見つめられているうちに、女の言いたいことが分かった気がした。

(――黙っていれば助けてやる、ということか)

女が不意にぱっとその手を離す。
途端に頭を床に打ち付けて。
弥助はそのまま気を失った。

翌朝、鳥の鳴き声で目を覚ましますト――。

木樵たちはまだ眠っております。
なんだ、夢だったのかト、そこでようやく安心しまして。
弥助は起き上がり、朝飯の支度をしようとする。

ト、ふと目に入ったのは、一人の木樵の口元で。
昨晩見た光景そのままに、口元が血でべっとり濡れている。
驚いて駆けつけると、だらしなく開いたその口の中に――。

「ない、ない。舌がない――」

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弥助はひとりひとりの口元を、狂ったように見て回る。
若い木樵たちは一人残らず舌を抜かれて死んでいた。

「それでも、わしはな――」

弥助老人は、顔をあげるト、語り続けた。
傍らに座した役人には目もくれない。
まるで、目の前に誰かが座っているかのように、

「今になって思うと、奴らが羨ましくもあるんじゃ」

ト言って、虚空を見る。
役人は思わず生唾を飲み込んだ。

「しかし、弥助さん。わしに話したら、あんたは――」
「もうええんじゃ。もうええ」

老人は静かにかぶりを振りました。

「今日の今日まで、わしが女に頬を触れられたのは、あれが一度きりだったからの」

奥山廻りの役人は、何だか聞いてはいけない話を聞かされたような気になった。

「悪いが、また明日来てくれんか」

不安に思いながらも、老人に言われるまま、黙って山を降りまして。
その日は麓の家に宿を借り、翌朝になって再び老人の家を訪ねました。

がらんと物寂しい山小屋の中。
弥助老人は囲炉裏端で眠っている。

「弥助さん、弥助さ――」

老人を起こそうとして、役人ははっと飛びのいた。

弥助老人の口元が血でべっとり濡れている。
だらしなく開いた口の中には――。

「ない、ない。舌がない――」

ただ、弥助老人の死に顔は、心なしか満ち足りたように見えたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(越中ノ民話ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    時を経て現れた柳の怨みと山の掟。その時間や猶予は老人に対してどのような意味があったのでしょうか。
    私には老人の最期を看取るべく現れた情けのような気もいたします。

    • onboumaru より:

      柳の精は恐らく老人のことを恨んではいなかったのでしょうね。
      直接手を下した木樵ではないですし、一応「伐るな」とは告げましたから。
      (某アニメでは十七人目の木樵として描かれるようですが、元の伝説では飯炊きだそうです)
      いろいろな解釈が成り立ちそうですが、私も似たような感想です。
      また、老人側から見ると、死と引き換えにでも老年の寂しさを埋めようとした哀愁と倒錯を感じます。