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道成寺 安珍と清姫

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どこまでお話しましたか。
そうそう、恋しい安珍に裏切られた清姫が、憤怒を露わにして追いかけるところまでで――。

一方の安珍は、あの晩の娘の思い詰めようを、つくづく顧みるにつけ。
自分が逃げたと知れば、あれはきっと追いかけてくるに違いない。
ト、あらかじめ危惧しておりましたので。

「物狂いの女が走ってくる」ト、耳にしますト。
慌てて日高川を渡り、板橋を落としてしまいました。

これで渡っては来れまいが、まだ安心はできません。
この先に道成寺という寺がある。
長年見知った僧侶たちがいる。
かくまってもらうならここしかない。

ト、石段を駆け上がって、安珍は山へ入っていく。
その後ろ姿を清姫が見た。

ただでさえ娘は狂気に侵されている。
そこへ目に入った憎き男の逃げ姿。
目は釣り上がり、口は大きく裂け、吐く息がついに火炎となった。

純情だった娘は、哀れ大蛇と化しまして。
川のほとりをしばし彷徨うと、ドボンと水に飛び込んだ。
うねるようにして大蛇が泳いでくる。
その気配に気づいて、安珍が振り返る。

大蛇は岸に上がると、身をくねらせながら石段を這ってきます。
赤い舌を出し、口から炎を吐いている。
安珍は肝を潰しながらも、必死の思いで石段を駆け上がる。
ようやく山門にたどり着くと、大声で助けを呼んだ。

見知った山伏のただならぬ表情に、寺の僧たちが駆けつけてわけを訊く。

「こうなったら、仕方がない。釣り鐘を下ろしますから、その中にお隠れなさい」

大勢の僧侶が総出で鐘を下ろします。
安珍は震えながら鐘の中に身を潜める。

そこへ大蛇が炎を吐きながら現れた。
僧たちが蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

大蛇は左右を見回します。
もはや怨恨だけが蛇身の娘を操っている。
やがて、鐘楼の鐘が下ろされているのに気が付きますト。
一層激しく炎を噴き出し、鐘に向かって這っていった。

大蛇は七重に巻き付いて、鐘の竜頭を咥えます。
口から吐き出される真紅の火炎。
怒りをぶつけるように、ベタンベタンと尾を叩きつける。
燃え盛る炎が鐘ごと安珍を包みこむ。

銅造りの梵鐘は、窯に入れられたように煮えたぎりまして。
安珍を中に隠したまま、鐘は湯のように溶け去りました。

みずからの所業によって、思いを果たせずに終わってしまい。
蛇身の清姫は怒りを持て余したまま、入水して消えたと申します。




その後、長い間、道成寺には鐘がないままでございましたが。

正平年間ト申しますから、南北朝の頃でございます。
実に四百年ぶりに、鐘が作り直されることになりました。

その日は朝から女人禁制にいたしまして。
新しい鐘の繁栄を願って供養をする。
その道成寺の石段の下に現れたのは、一人の白拍子(しらびょうし)。
烏帽子をかぶった、男装の舞姫です。

「本日は女人禁制でござる」

寺男は女の入山を拒否します。

「鐘の供養をいたしとうございます。私は男の身なりでございます。舞をご覧に入れますので是非」

ト、せがまれ寺男が困っている間に、すでに白拍子は舞い始めている。
その舞に寺男も知らず知らず引きこまれてしまいまして。

烏帽子の女が舞いながら、石段をゆっくり登っていく。
張り詰めた雰囲気に、寺男は息を呑んだまま動けない。

境内には桜の花がちらちら舞っている。
ト、突然の風。轟く雷鳴。
桜吹雪が舞姫を迎えます。
白拍子は憑かれたように乱れ舞う。

寺男が石段を上がって追ってくる。
女はその姿を見るト、引きずり下ろすようにして、鐘に飛びかかった。
ドーンと大音を発して釣り鐘が落ちる。
白拍子は一瞬の隙に、その中へ滑りこみました。

僧侶たちが駆けつけるト、すでに鐘はたぎるように熱を発しております。
住持を中心に僧侶たちが、釣り鐘に向かって祈祷を始める。

口々に発した真言が、次第に大合唱となって鐘を取り囲みます。
やがて、梵鐘がぐらぐらと揺らぎ始めました。
僧侶たちの祈祷に一層力が入る。
ト、左右に揺れた大鐘の下から、ついに姿を現したのは、一匹の大蛇。

調伏の祈祷にたまらなくなったのか、追いつめられるように日高川へと消えていきました。

四百年の時を経て現れたかつての乙女。
その愛執と怨恨は、なおも晴れることがなかったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(謡曲「道成寺」、及ビ「道成寺縁起絵巻」ヨリ)

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