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修羅道 佐倉惣五郎

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どこまでお話しましたか。
そうそう、下総国佐倉領は公津村の名主惣五郎が、厳しい年貢の取り立てに反発し、妻子ともども刑場へ引き立てられるところまでで――。

東の空に出た三日月は、すぐに雲間に隠れて見えなくなる。
空が再び、どんよりト暗くなりました。

ソレッと一声、合図となりまして。
まず二歳の三之助の首がスパリ。
続いて惣平、喜六と斬り落とされる。

母のおさんは狂わんばかりとなりまして。
倅三人の死骸にすがりつこうとするその背後から。
無慈悲な刀が首を刎ねる。

間髪置かずに、二挺の槍が。
父惣五郎の脇腹へズブリッ、ズブリッ。
ぶるぶるッとこうべを振った惣五郎は。
大音声を上げて、辞世の句を詠みました。

「弓張の月は雲間にはや入りて 茨の台に露と消えゆく」

惣五郎一家の死骸は打ち捨てられまして。
首は三日三晩晒しものとされました。

その二日目の晩のこと。

夜番をしている乞食のすきを見て。
忍び入ったは光善和尚。
せめてもと、子供たちの小さな首三つに手を伸ばし。
風呂敷にくるんで逃げ出した。

「泥棒ッ」

ト、気づいた乞食が追いかけてくる。

老僧は必死で逃げますが、いかんせん体が言うことを聞かない。
足がもつれて倒れ込んだ拍子に、野原に首がゴロゴロゴロ――。
もはやこれまでと観念し、首を拾うと印旛沼にエイっと飛び込んだ。

その後、二度と浮かんでまいりません。

それから数日後。

郡奉行の高田源太夫は、城下への用足しを済ませまして。
お供に連れた若党ひとりと、役宅へ帰ってゆくその道すがら。

ふと見るト、茜色に染まった通りに、ねずみ色の袈裟衣。
出家がひとり、道を塞ぐようにのそのそと前を歩いている。

「これ、坊主。邪魔だから、脇へ寄らぬか」

その声にぬっと振り返ったのは、かの光善和尚。
これには、源太夫もあッと驚いた。

「ヤヤッ。貴様。死んだのではなかったのか。さては、化けて出おったな」

源太夫は刀の柄に手を掛ける。
ト、これがなかなか抜けません。

どうしたことかと、手元を見るト――。

そこにあったのは、血みどろになったおさんの姿。
歯を食いしばり、ぶら下がるように刀にすがりついている。

「ヤヤッ――」

それではト、脇差しに手を掛ける。
これがまた抜けない。
見るト、いつの間にか赤子の姿。
これまた刀の柄にぶら下がって眠っている。




前を見るト、惣平と喜六の二人の倅が。
光善と三人でニヤリと笑みを湛えている。

源太夫は思わず悲鳴を上げまして。
おさんの霊を振り払うようにして、無理やり刀を抜きますト。
眼の前にいる倅二人と光善和尚に、次々と斬りかかりましたが。

血しぶきをあげた三人の像が、徐々に一つに重なっていく。
次第にそれは自家の若党の姿と変じてゆきました。

「旦那さま――。どうして突然――」
「う、うるさいッ」

倒れ込んだ若党の喉元に、とどめの一突きを食わせますト。
源太夫はその刀を握りなおすや、己の胸にグサリと貫いた。
正気を取り戻せぬまま、わけも分からぬうちに息絶えてしまいました。

一方、領主の堀田上野介でございます。
あれから気分すぐれず、奥の一室に閉じこもっておりました。

ある日の早朝のことでございます。

江戸は浅草の堀田家上屋敷の表門を。
ドンドンドンと、乱暴に叩く音がする。

「開門いたせ。わしじゃ。上野介じゃ」

門番はもちろん、悪ふざけと思って相手にしない。
ところが、あまりしつこいので潜りを開けて外を見てみますト。
馬にまたがった殿様、堀田上野介の姿がそこにある。
供も連れず、ひとりで佐倉からやって来たようでございます。

「惣五郎、大儀であった。その方も中へ入って休息いたせ」

上野介は馬から降りて門内へ入る。
知らせを受けて家来が殿を慌てて出迎える。

「殿。お国表に何事かございましたか」
「いや、そうではない。惣五郎が出府して上様へお目通りするよう申すからやってきた。惣五郎に酒を取らせよ」
「そ、惣五郎でございますか」

さあ、殿様が狂乱したぞと家中は大騒ぎになる。
大名の狂気は所領没収が定めでございます。
急ぎ医者を呼び、薬を飲ませて寝床に就かせる。
するト存外、安らかに眠りましたので、家臣も一息つきました。

その晩も更けた八ツ頃(午前二時)でございます。
上野介ははたと目を覚まし、身を起こす。
何やらブツブツと呟いている。

「おお、惣五郎か。なになに、刻限とな。よしよし、わかった。そう急かすな。衣服も支度したと。うむ、用意が良いな。よし、登城いたそう」

真夜中のこととて、家臣たちは寝入っている。
国表からひとりでやって来た殿様が。
今また、衣類を改めてひとりで登城しようとは。
誰一人気づく者はございません。

上野介は何者かに導かれるようにして厩へ赴き。
佐倉から乗ってきた馬にまたがって上屋敷を出た。

ようやく白み始めた東の空に背を向けて。
まだ明けやらぬ西の闇に向かって馬を進める。

「惣五郎。分かったから、前を向け。ムムッ、妙だな。その方は歩行(かち)であろう。どうして余の目の前におる。これッ、そう睨むでない」

堀田上野介は御城大手門の役人たちが止めるのも聞かず。
あまつさえ乗馬のまま、不時の登城を断行し。
その無法と狂気を咎められ、あえなく改易せられたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(講談「佐倉惣五郎」ヨリ)