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言うなの地蔵

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どこまでお話しましたか。
そうそう、峠の一本道で人を殺めた三太の背後の地蔵から、人の声が呼びかけてきたところまでで――。

一方、相手の男の家では。
女房、子に、母たる老婆が。
帰りを今か今かト待っている。

「お父は遅いのう。どこへ行ったんじゃろうか」
「俺がそこまで見に行ってくる」

心配する母と祖母を落ち着かせようト。
倅はそう言い残して家を出ていきました。

峠の坂道を登っていくト。
真っ赤な夕日が差し込んでくる。
目を細めながら峠に差し掛かりますト。
足元に何かが横たわっていることに気がついた。

「お、お父ッ――」

待ちわびていた父親が、力なく倒れ込んでいる。
額をかち割られ、辺りに血が流れ出している。
夕陽に溶け込まんばかりの真っ赤な血の海でございます。

それから倅は父の亡骸をおぶって家に帰る。
かくかくしかじかト、母と祖母に見たままを知らせますト。

「とにかく、こうなったからには仇を討たないといけない」

ト、殊勝にもそう言い残して、翌日再び家を出ていった。

それから一年が経ち――。
二年が経ち、三年が経ち――。

いつまで経っても仇の手がかりはしれません。

そのうちに、宿願への思いは日々薄れていく。
暮らしも徐々に貧窮していく。
己が食えなければ仇討ちも何もあったものじゃない。
故郷へ帰り、父の墓前に手を合わせて、出直そうト考えた。

その道中、倅は旅の商人(あきんど)と知り合いまして。
ちょうど方向が同じということで、二人連れ立ってやってくる。
二人はすっかり仲良くなりまして。
あれやこれやよもやま話に花を咲かせておりましたが。

「見ればまだお若いのに、そのくたびれた姿はどうしたんです」

旅の商人がふと尋ねてきた。

「それですよ。実は思うところあって都へ出たは良いものの、何一つ成し遂げることなく、おずおずと国へ帰るところでして」
「ほう」
「あなたは商売で成功なさっているようですな」
「ええ、まあ」
「やはり何か秘訣でもありますか。私は何をやってもうまくいきませんで」

倅は商人にすがるように訊きました。

「なに。秘訣なんてものはありません。私はただ、運が良かったので」
「しかし、運を引き寄せるのも実力のうちでしょう」
「いやあ、それがちょうどこの峠道です。不思議な事がありましてな。それ以来、何をやってもうまくいく。私には仏の加護がついて回っているのじゃないかと思うのですよ」
「何です。その不思議なことというのは」
「それが――いや、言うまい」

ト、突然商人が口をつぐみましたので。
何を出し惜しみしているのかト。
倅は、妙に思って言う。

「いいじゃないですか。喋ったからって減るものでもない。私はきっと成功して、必ず成し遂げたい宿願があるんです」
「なるほど。しかし、こればかりは言えませんな」
「何でしょう。験担ぎのようなことですか」
「いやいや、どうして。そんな程度のことじゃありません」
「それでは、奇瑞のようなものですか。鶴が亀と並んで歩いていたとか」
「いやいや、かえってそんなことでもないのです」
「ううん、焦れったい。本当は不思議なことなどなかったのでしょう。やはり地道な努力をされたんだ」

そう言われるト、商人も何だかムズムズとする。




「それでは言いますが、決して人に喋っちゃいけませんぜ」
「ええ、喋りません。喋りませんから、早くおっしゃいなさい」
「実はこの峠のてっぺんに――」
「ええ。峠のてっぺんに――」
「地蔵が一体ありますが――」
「地蔵が一体――」
「その地蔵が私にものを言ったのです」
「な、なんと」

倅もこれには呆れ果てまして。

「そんな子供だましで人をからかっちゃいけません」
「からかっているんじゃない。現に、ものを言いました。たった一言だけですがな」
「なんて言ったんです」
「『わしゃあ言わんが、ワレ言うなよ』と」

やがて、二人は峠を登りきり。
件の地蔵の前までやってきた。

「私にはさっぱりわけがわからない。何を言うなと言うんです」
「実はこの地蔵に一部始終を見られましてね。誰にも言うなよと口止めをしたら、地蔵がそう答えたのです」
「何を見られたと言うんです」

倅が商人を覗き込む。
商人はもはや己を止められない。

「実はね。私は以前、ここで人を殺しまして」
「な、なんと」
「その男が背負っていた綾錦の反物を」
「うむ」
「濡れ手に粟で手に入れたのです」
「それじゃあ、お前は――」
「ああ、そうだ」

ト、いつの間にか道中差が。
己の腹に突きつけられている。

商人は刃ごと素手で握り返しまして。
ぐっと、ものすごい力でそれを押し返す。
指先から、手のひらから、真っ赤な血がぽたぽたと落ちる。

三太は痛がる素振りも見せず。
若者から刀を奪い取りますト。

「そうだ。俺こそがお前の付け狙っていた親の仇だ」

ト、言うやいなや、短刀を。
若者の精悍な下腹をめがけて。
ズブリッ、ズブリッ、ズブリッ――。

哀れ、倅は父に続いて三太に殺されてしまいました。

三太は息を弾ませまして。
しばし、立ち尽くしておりましたが。

「畜生ッ。どいつもこいつも、目を生き生きと輝かせやがってッ」

一声、そう咆哮するト。
ふと思い出したように後ろを振り返り。
微笑を湛えて佇んでいる地蔵を。
ぐっと目玉を剥いて睨みつけた。

「お前、誰にも言うなよ――」
「わしゃあ言わんが、ワレ言うなよ」

三太はその言葉を確かめますト。
深い悔悟に陥った様子で。
肩をがっくりト落としては。

突き刺すような夕陽を背に浴びて。
峠道をひとり下っていったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(越前ノ民話ヨリ)

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