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猫塚鼠塚

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どこまでお話しましたか。
そうそう、猟師親子が夜中の破れ堂で人語を解する二匹の猫の姿を目にしたところまでで――。

「何だか強い奴がやってきたって聞いたぜ」
「さっきの喧嘩の件か。そのことなら俺が謝る。主人を起こしたくない。いま、お礼参りに来られると困る」

ぶち猫が三毛ににじり寄る。
三毛が目でそれを制している。
猟師と倅は固唾を呑んで暗がりの二匹を見守った。

「いや、そんなことを咎めようと言うんじゃない。時に、お前さんはどうして、人間なんかを主人にしている」
「一宿一飯の恩義というやつさ。ちょいとしくじりを犯して道端で伸びていたところを、主人親子に拾われた。自分たちは飯を我慢して、俺に食わせてくれたのだ」
「なるほど」

ト、ぶち猫が感心したように喉を鳴らす。

「それでは、お前さん。恩に報いたいと思うだろう」
「ああ、思ってる」
「それなら、さっさとあの親子をここから追っ払うんだな」
「何をッ」

三毛が毛を逆立て、尾をピンと張った。

「慌てるな。ご主人の命が危ないから、出ていってもらえというのだ」
「どういうことだ」

ぶちが声を潜めて答える。

「ご主人は騙されている。まあ、耳を貸せ」

猟師の額から汗が滴り落ちる。
じっとり濡れた背中に倅がしがみつく。
猟師は銃にそっと手を伸ばした。

――父ちゃん、何を話しているんだろう。

倅の目が怯えた様子で問うている。
父は震える手で火縄の位置を探る。

ト――。

ふっと闇の中に消えたかと思った三毛猫が。

ガルルルルルルッ――。

目を見張り、牙を剥き、鋭く爪を立て。
天井から降ってくるように。
親子に向かって飛びかかってきた。

童子は悲鳴をあげる。
顔には深い引っかき傷。

猟師は息子を抱きかかえ。
取るものも取りあえず。
大事な銃も放り出したまま。
堂の外へト飛び出した。

ト、そこに待ち構えていたのは。
闇に光る無数の黄色い目。
数百匹はいようかという。
殺気立った野良猫の群れでございます。

ウウウウゥゥゥゥゥゥッ――。

低い唸り声を上げながら。
野良猫たちがこちらへ向かってくる。
倅は父の足にしがみつき。
父は唖然と立ち尽くす。




迫りくる獣の匂い、光る目、猫いきれ。
一匹の猫が前足を蹴って、宙を飛んだ。

猟師は倅の身を守るように、覆いかぶさる。

飛び上がった猫は、親子をそのまま飛び越えて。
堂の板戸を蹴破り、中へ飛び込んだ。

するト堰を切ったように、猫の大群が。
四方八方、天井、縁の下ト。
あらゆる方向から堂の中へト突入する。
溢れた猫たちが堂の外を取り巻いている。

ゴオオオオオオオオオオオォォォォォッ――。

ト、泰山が鳴動するが如き家鳴りとともに。
粗末な破れ堂が激しく揺れ動く。
いまにも崩れ落ちそうなお堂を離れ。
猟師は子を抱いて一目散に逃げていった――。

「父ちゃん――」

その声にハッと目を覚ましますト。
怯えた表情で覗き込む、傷だらけの倅の顔。
どうやら逃げ込んだ木陰で眠ってしまったらしい。
辺りはようよう白み始めている。

その朝ぼらけの中を。
ズルズルッ、ズルズルッ、ズルズルッ――。
足を引き摺って通り過ぎていく一群の影。
傷だらけの猫の大行列でございました。

猟師は子にせがまれて。
お堂へ様子を見に戻る。
三毛の身に何が起きたのか。
童子は己の目で確かめたいのだト申します。

そこに待っていたのは、嵐に吹かれたようなぼろぼろの堂。
その周囲には、戦い果てたらしき猫たちの死骸が折り重なる。
破れた戸口から親子が、そっと中を覗いて見てみますト。

ちょうど二人が肩寄せあって眠っていた辺り。
床板を破られて、縁の下から半身を引きずり出されておりましたのは。
身の丈、ゆうに一丈はあろうかトいう。
おぞましくも大きな化け鼠の死骸でございました。

がっくりと息絶えた大鼠の牙のすぐ脇に。
これまた息絶えて横たわっているのは、件の三毛。
死闘の末に力尽きたらしい旅猫の亡骸を。
夕べのぶち猫が畏敬を示すように離れて見守っておりました。

破れた床板から見える縁の下には。
ゴロゴロと転がっている、無数の人間のしゃれこうべ。

俺も倅もこの骸骨たちのように。
村人たちに騙され、化け鼠の餌食にされ。
身ぐるみ剥がれていたのだろうト。
猟師はそう悟って、三毛の亡骸を抱き上げた。

猟師親子は、三毛や猫たちの遺骸を集めまして。
堂の外に塚を築き、日の昇りきらぬうちに村を去りました。

村人たちがこのことを改悛したのか。
さてまた、祟りを怖れたものかは分かりませんが。
猫塚の隣には、のちに鼠塚なるものが築かれて。
いまも残っているト申します。

行きずりの畜生が命を投げ打って恩に報いるという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(美濃ノ民話ヨリ)

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