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吹雪の夜 一つ褥の妖かし話

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どこまでお話しましたか。
そうそう、吹雪の晩に一人留守を守っていた徐四の前に現れた美少年が、実は男装した兄嫁だと知れたところまでで――。

唖然として立ち尽くしている徐四をよそにして。
兄嫁は男装した姿のまま、暖室に上がり込みますト。
何故か悲しげな表情を浮かべて徐四を見た。

「姉さん。どうしてこんなことを――」

兄嫁が帰ってきたことばかりではございません。
こうして、わざわざ男装などしているのが。
徐四にはどうにも不可解でなりません。

しかし、兄嫁はこちらを見つめているばかり。
心なしか、不安げに怯えているようにすら見えました。
暖室の上がり框に腰掛けて、徐四が何か言うのをただ待っている。

徐四も徐四で、言うべき言葉が見つかりません。
二人はしばし無言で見つめ合う。
やがて、兄嫁は目を伏して。
皮衣をひらりト脱ぎました。

「姉さん――」

ト、徐四は呼び止める。
己の綿入れを手にして肩へ引っ掛ける。
くるりト後ろへ向き直りますト。

「私は出かけてきます。すぐに戻りますから」

ト言って、再び扉を開け、外へ出た。

徐四は何かを振り切るかのように。
一目散に駆け出していく。

向かった先は善覚寺でございます。
ここには圓智ト申す、老いた善知識が住まっている。

「なるほど。それは胡乱(うろん)であるな」

圓智方丈は話を聞くや、長い白眉をしきりに撫でた。

「ことによると、妖物妖かしの類かもしれんぞ」
「やはり、そうでしょうか」

そこで二人は吹雪の夜道を連れ立って。
金魚胡同へと戻っていきましたが。

重い扉をみたび開くト、そこに男が一人立っていた。

「お、お前。どうして――」

振り返ったのは兄でございます。
手には短刀を握りしめている。
その刃先からは赤い血が。
ポタリポタリと滴り落ちている。

青ざめて立ち尽くしている兄のその向こう。
暖室の上がり框のすぐ下には。
男物の沓が一組、女物の沓が一組。

「兄さん、一体これは――」

嫌な予感に徐四が恐る恐る尋ねますト。
兄は両のまなこを見開いたまま。
ぶるぶるト肩を震わせまして。

「だ、だって、お前――。俺が気になって帰ってみると、お前はあいつと、ふ、不義を――」

徐四と圓智は暖室を見る。
そこには一つ褥(しとね)にくるまれて。
あられもない姿の二人の男女が。
血まみれになって殺されていた。

徐四は圓智に促されまして。
暖室に上がって見てみますト。

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女が兄嫁であったのは言うまでもないが。
男の方はト申しますト。

これが、あろうことか、徐四その人だったのでございます。

「これは、一体――。どういうことだ」

狐につままれたようトハ、まさにこのことで。
己がつくづく見ましても、そこにいるのは己そのもの。

しかし、こればかりでは済みません。

「皆さん、一体どうしたんです」

そこへまた現れた女が一人。

振り返った男三人を。
不思議そうに見ておりますのは。
殺されたはずの兄嫁でございます。

実家へ帰ったときと同じ姿で。
戸口に立っておりました。

そして吹雪の夜は明ける――。

身元の分からぬ、男女の遺骸を。
一家の裏庭にひとまず埋めまして。
兄は憔悴しきった様子で家を出て。
人を殺したト役所へ自ら名乗り出た。

姦夫姦婦を討ったことには変わりないト。
奇妙な理屈で兄は無罪放免トなりまして。
再び三人での暮らしが始まりましたが。

徐四は今もあの瞬間を思い出す。
実家から戻り、戸口に立った兄嫁ト。
目がはっきりト合ったことを。

何か訴えかけるようなあの眼差しが。
今もまぶたに浮かんでは消える。

本当に妖かしの仕業だったろうか。

一つ褥にくるまっていたのは。
兄にあの晩殺されたのは。
裏庭に仲良く葬られたのは――。

あれは己と兄嫁の、秘めた本心ではなかったか。

もし、そうだといたしますト。
ここに取り残された生身の二人が。
一つ褥にくるまることは。
二度と起こりはしないのだなト。

徐四はほっとしたような寂しいような。
それでもやはり堕ちていきそうな。
ふと恐ろしい心持ちになったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(清代ノ志怪小説「子不語」巻五『徐四葬女子』ヨリ)