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雨夜の悪党 引窓与兵衛

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どこまでお話しましたか。
そうそう、与左衛門から妾のお早を譲り受けた与兵衛が、二人の仲を疑った末に与左衛門を殺してしまったところまでで――。

「あんた、旦那が死んでるじゃないか。ど、どうするんだよ」

あまりのことに、お早も昂奮して責め立てる。

「まあ、慌てるな。こんな時こそ、俺の悪知恵が役に立つってもんよ。頼もしい亭主を持ったと思いねえ」

ト、与兵衛が息を整えて。
呑気なことを言うのを聞きまして。
お早はかえって身震いがした。

与兵衛は慌てる風でもなく。
死人に頬ッかむりをさせますト。
名主が履いてきた草履を腰に挟み。
みずから背負って家を出た。

雨がザアザア、突き刺すように降りかかる。
眉をしかめ、薄目を開き、俯きがちに前を見据え。
タタタタタッと田んぼ伝いに駆け抜けていくト。
やがて、生け垣に囲まれた小屋が見えてきました。

「嘉十、まあ落ち着け。そう大声を出すでねえよ」
「そうだ。村の衆に聞こえたらどうする」
「うるせえ。さっきから黙って聞いてりゃ馬鹿にしやがって」
「誰が馬鹿にしただ。スッカラカンの着たきり雀と、見た通りを言ったまでだ」
「まだ言いやがるかッ」

ト、怒号に続いて、男二人が組み合う音。
二人を諌める周囲の若い者たちの声。
茶碗か何かが割れる音に。
ジャラジャラと銭が散らばる音が混じります。

中の騒ぎをよそにして。
与兵衛は死人を外の雨戸にもたれかけますト。
当人には草履を履かせ、己は袖に口を当てまして。
ドンドンドンと、戸板を乱暴に叩きました。

「おい、そこで何をしている」

与兵衛の無理に低めた声色に。
中の物音が急に静まった。

しばらくして、スッと開く雨戸。
途端に中へ倒れ込む与左衛門の死体。

「うッ、何しやがるッ」
「何者だッ」
「隣村の奴かッ」

ト、急にのしかかられて驚きまして。
若衆たちは一斉に与左衛門の死骸に殴り掛かった。

「待て、待て。伸びちまった」
「誰だ。心張り棒で殴りやがったのは」
「おい、死んでるぞ」
「一体、どこのどいつだ」

うッ伏した男の肩を一人が掴む。
こちらへ向き直らせて、アッと言った。




「な、名主の与左衛門どんでねえか」
「ほ、ほれ見ろ。あんまりてめえらが大きい声を出すもんだから」
「博打と知ってどやしに入ってきただ」
「どうする。こりゃ、大事だぞ」

若衆たちが青ざめておりますところへ。
何食わぬ顔で入ってきたのは、悪党の与兵衛。

「おい。おめえら、何を騒いでやがンだ」
「あ、兄い。大変なことになっちまった」
「どうした。博打やってるのが誰かにばれたか」
「ばれたどころでねえ。どやされた拍子に殺しちまっただよ」
「殺した。誰を」

ト、与兵衛はとぼけておいてから。
土間に伸びている与左衛門の死体に目をやりまして。

「おめえたち、大変なことをしでかしやがったな」
「どうすべえ。兄い。どうすべえよ」
「どうすべえ、じゃねえ。おめえら全員、刑場で首が飛ぶぞ」

与兵衛の脅しに、若衆たちは顔を歪ませる。
揃いも揃って与兵衛の裾にすがりつきますので。

「しかたがねえ。なんとかしてみるが、それにはちょいと金がいる。一人十両ずつ、十人で百両用意しな」

若衆たちは賭場で飛び交っていた銭をかき集め。
足りない分は各々が家に帰って持ち寄りまして。

「兄い。これでどうかお願えいたしやす」

ト、声を震わせ、頭を下げた。

与兵衛は鷹揚に懐手を出して受け取りますト。

「任せておけ。事が済むまで黙っていろよ」

またぞろ名主を背に負って。
雨の夜道へ駆け出していった。

肩口にだらりトもたれる与左衛門の死首。
雨ト夜気トですっかり冷たくなっておりました。

――チョット、一息つきまして。

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