どこまでお話しましたか。
そうそう、王に父を殺された眉間尺が、遺言に従って名剣干将を手に入れたところまでで――。
眉間尺は日夜、父の遺した剣で楚王を討ち取ることばかり考えて暮らしておりましたが。
その一念が王宮にまで届きましたのかどうか。
ある夜、王は、眉間の広い男子が自分の命を狙っているト、夢に託宣を受けました。
すぐさま千金の賞金を懸けて、眉間の広い男子の首を取ってくるようよう、王は布告します。
眉間尺はそれを知ると、慌てて山へ逃げ込みました。
褒賞金が出る以上、今や国中の者が相手です。
眉間がこれほど広い男は他にいない。
ここで迂闊に捕まっては、本懐を遂げることが出来ません。
かと言って、山に籠っていては王宮にたどり着くこともまた出来ない。
進退ここに窮まれりト、眉間尺は声を上げて泣きました。
するト、その泣き声を聞いて、近づいてきた者がある。
身なりのむさ苦しい、旅人体の男です。
「どうして泣いている」
眉間を見られれば万事休す。
が、もうどうにでもなれト、眉間尺はかまわず泣き続ける。
「悔しくて泣くのです」
「何が悔しい」
「世の中は心の貧しい人間ばかりだ。金にさえなれば、平気で仁義、孝道をも踏みにじる。さあ、この剣で首を刎ねるがいい」
ト、顔を上げてこれみよがしに旅人を睨みつけた。
が、相手はうんともすんとも言いません。
そのあざとさにまた腹が立つ。
「この眉間を見れば十分でしょう。賞金はあなたのものだ。早く、王のもとへ首を持っていくがいい」
「王だと。王が俺と何の関わりがある」
聞けば、この旅人もまた隠遁者であるらしく、世俗の出来事にはまるで疎い様子でございます。
そこで、眉間尺はこれまでのあらましを語って聞かせました。
「なるほど。お前の首に千金の賞金が懸かっているのだな。それは確かに安くはない」
旅人は顎をさすって考えている。
眉間尺は生唾を呑み込んで答えを待つ。
「それではこうしよう」
ト、旅人がついに心を決めたように言いました。
「お前の首とその剣は俺がもらおう。その代わり、俺が仇を討ってやる。これでどうだ」
「いいでしょう」
ト、眉間尺はふたつ返事でそう答えると、剣を抜いて旅人を見た。
「それでは頼みます」
「任せておけ」
ヤッと眉間尺はみずからの首を刎ねました。
ゴロンと地面に首が落ちる。
が、眉間尺の体はまだ、剣を握ったまま立ち尽くしている。
旅人はそれを見て、首を拾い上げてやりました。
「確かに受け取った」
その声を聞いて、ようやく亡骸は崩れ落ちたと申します。
旅人はさっそく、眉間尺の首と剣とを手土産に、王に謁見いたしました。
自分の命が掛かっていたのですから、王の喜びようは尋常でない。
首と剣とを、うっとりと舐め回すように見ております。
「陛下。気をつけなくてはなりません。これは怨敵の首にございます。早く賢明な処置をしなければ、国に祟りをなすに違いありません」
「それもそうだ。どうすればいい」
「釜に入れて煮るのに限ります。跡形なく溶かしてしまえば、魂の帰る先がなくなりますからな」
王は旅人に勧められるまま、眉間尺の首を釜で煮た。
だが、三日経っても首は溶けません。
それどころか、王を怨むように湯の中から睨みつけている。
「陛下。そんなところで何を震えているのです。覗き込んで睨み返しておやりなさい。さもないと、いつまでも怨霊は姿を消しませんぞ」
「そ、そうか」
ト、言って王はしぶしぶ釜に近づき、おずおずと中を覗き込んだ。
その瞬間――。
図ったように旅人が、剣を奪って王の首を刎ねた。
ドボンと釜に王の首が飛び込みます。
続けざまに旅人は、みずからの首をも刎ねました。
これもまた、しぶきを上げて釜の中へ沈んでいく。
二つの首は眉間尺の首とともに爛れて、見分けがつかなくなってしまいました。
遺された臣下たちは、三者の首をともにひとつの墓に収めざるを得なくなりまして。
今もそれは三王墓と呼ばれ、楚の故地に遺っているという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(東晋ノ志怪小説「捜神記」巻十一『三王墓』ヨリ)