お初に――イヤ、お久しぶりに――お目にかかりましたナ。
砂村隠亡丸でございます。
お目にかかるだと。どこにいやがる。
声はするが、姿はどこにも見えやしねえ。
ト、お思いになったことでございましょう。
下でございますよ。
その下を流れる水のオモテでございます。
おのれの力ではどうにもなりませんからナ。
ただプカプカと浮いております。
ふとお姿が見えたものですからご挨拶申し上げました。
そも、わたくしはどこから参ったのか。
最初の記憶は神田川でございましたよ。
わたくしはそこで戸板に括りつけられまして。
ざぶんと無慈悲に放り込まれたようでございます。
酷い奴があったものでございます。
思えばそれでも呑気なものでございました。
過ぎゆく景色をぼんやりと眺めておりましたっけ。
それがいつの間にか隅田川に流れ着き。
あれよあれよと大海へ。
流されていくじゃありませんか。
一体どうなることやらと案じておりますト。
上げ潮と申すのでございましょう。
波に押し戻され、遡上してまいりました。
まるで鮭のようでございますナ。
やがて東に真っすぐ伸びる水路が見えてきます。
小名木川と申す、これは神君家康公が作らせた川。
下総・陸奥からの荷を江戸へ運ぶのでございます。
刻は丑三つ。
草木も眠るという時分。
場所は砂村。
すぐそこはもう下総の国という江戸の外れ。
あれからどこをどう流れたのか。
隠亡(おんぼう)――すなわち死人を焼いて骨にする――
その近くの堀だから隠亡堀。
ここであなた様をお見かけしました。
もし、釣り人。太公望。
これも何かのご縁でしょう。
イヤ、事実あなたとは縁がある。
哀れなわたくしを釣り揚げてくだされ。
徒然にチョットお話を聞かせて進ぜましょう。
わたくしばかりではございませぬ。
戸板の裏にはあなたの縁者。
水に浸って隠れていたが。
知らぬと言っては困ります。
女が一人括りつけられている。
これまた、あなたに怨みがあるという――。