こんな話がございます。
昔、越中国の某所に化物屋敷と噂される邸宅がございました。
なんでも当主が何代か続いて不可思議な死を遂げたとかで。
近隣の者も大いに恐れ、敢えて住もうという者も現れません。
空屋敷になったまま、久しく年月を経ておりました。
ある時、勝浦彦五郎と申す者がみずから名乗りを上げまして。
この化物屋敷に勝手に住み着いてしまいました。
随分変わった者も世の中にはいるもので。
化物を恐れるどころか、むしろ良い酒の肴くらいに思っております。
さて、住み始めてみると、確かに噂に違わず幽霊が出る。
夜ごとに植え込みの辺りを、何者かが歩きまわっている様子。
この夜更けに袴姿の礼装というのが、いかにも怪しい。
彦五郎は「なるほど、此奴か」と思いまして、
「これ、其の方だな。袴幽霊とか申す不埒者は。何者だ」
ト、やや脅すようにして、声をかけました。
幽霊の方では、さして彦五郎を恐れる気色もございません。
問いかけに答えることなく、ふっとそのまま姿を消してしまいました。
それから幾度と無く、同じような出来事がございましたが。
ある晩。春雨が降り続いていた頃のこと。
外出もままならず、彦五郎は手持ち無沙汰に雨戸を開けました。
梅の香でもひとつかいでやろうト、柄にもなく風流心を起こしまして。
戸を開けると、庭の築山に袴姿の件の幽霊が立っている。
「これ、其の方。噂はかねてから聞いておる。この屋敷に住まう以上、俺が主人で其の方は家来も同然であろう。遠慮はいらぬ。雨続きで暇だから、中に入ってこい。何か珍しい話でもしてみろ」
ト、みずから幽霊に手招きを致します。
呼ばれた幽霊の方が、むしろ戸惑いがちにこちらを見ておりましたが。
「――かしこまってござる」
ト、おずおずと座敷に上がってまいりました。
見ると、なかなかの好男子で、年の頃なら三十ほどでございます。
礼装以外は、普通の人間と変わらない。
狐狸妖怪のたぐいでないことは知れました。
「この数日、この天気で屋敷に閉じこもりきりでな。さっそくだが按摩でもしてもらおう」
ト、大胆にも幽霊をこき使うところが、彦五郎の凄いところで。
言われた幽霊も素直に従って、腰を揉む。
その揉み心地の軽やかで快いこと。
彦五郎もすっかり気に入って、いかめしい顔がつい緩みました。
「ところで、其の方は一体、何者だ。素性を有り体に申してみよ。さすれば、今後は毎晩自由に出入りしてもよいぞ」
「ハッ。ありがたき幸せ」
ト、どこまでも腰の低い幽霊で。
促されるまま、身の上を語り始めます。
――チョット、一息つきまして。