どこまでお話しましたか。
そうそう、勝浦彦五郎の屋敷に現れた幽霊が、みずからの身の上を語り始めるところまでで――。
「正体を明かせ」と乞われた幽霊は、慇懃に手をついて礼をしますと、申し訳無さそうに頭を上げました。
「実は、こうしてお会いできますのも、今宵限りにございます」
「なに。たった今、主従の間柄となったばかりではないか。どういうわけだ」
「ハッ。それにはまず、それがしの素性からお話しなければなりません」
「そのことだ。申してみよ」
「ハッ」
ト、また手をつき、幽霊が礼を尽くして語り始めましたのは。
彼の者が死してなおこの世にさ迷うこととなった、事の経緯でございます。
そもそもこの幽霊は、名を可右衛門(べくえもん)と申しまして。
屋敷の三代前の当主、福見弥藤太(ふじみ やとうた)という者の家来でございました。
主人の弥藤太はその頃、先妻に死なれて幾年かが経っておりました。
男やもめではございますが、かといって夜ごと遊興に耽るような性質でもない。
一人息子を大事に育て、至って実直な人物だったそうでございますが。
ある時、さる同輩の娘が非常な美人――
ト、耳にしたことからすべてが狂ってしまったそうで。
物堅かった人ほど、一旦色に迷うと、もう誰の手にも負えません。
まだ会ったこともないのに、弥藤太はもうその美人に首ったけ。
寝ても覚めても、その娘のことばかり考えております。
ついには可右衛門に命じて、先方の両親へ縁談を申し込みに行かせました。
驚いたのは、先方の両親で。
弥藤太は同輩だから、どんな人物だか知っている。
真面目な人物には違いないが、チトその真面目さの度が過ぎる。
自分がこうと思ったら、前後の見境もなく、正義を振りかざしてくるところがある。
組の中で諍いを起こしたことも、一度や二度ではない。
また、父娘ほどに年が離れているのは、この際、不問に付すとしても――。
同輩にもかかわらず、家来を送ってよこすのは、妙に遠慮がすぎるのではないか。
仮にも義父になろうという者に、始めからよそよそしい態度をとるようでは、きっと面倒の種になる。
それに、弥藤太の倅は確か娘と同い年のはず。
ならばなおさら面倒だ。
ト、丁重に断りの口上を述べて、可右衛門を主人の元へ返しました。
その時、着ていたのが件の袴の礼装で。
その報告を聞いた弥藤太の腹の立てようと言ったらございません。
これでは煙たがられるのも無理はないという騒ぎよう。
「エイ、何某のやつめ。人が下手(したて)に出ればつけあがりおって。目にもの見せてくれる。可右衛門、来い」
ト、刀掛けから長いのを手にとって腰に差しましたので、可右衛門も青ざめた。
が、家来ですから、来いと言われれば一も二もなくついていくしかない。
屋敷を出た時はすでに夕暮れ時で。
弥藤太は城へ向かう道の物陰に可右衛門と二人で隠れました。
これは、同輩が今晩、宿直で登城することを知っていたからで。
向こうから誰かが歩いてくる気配がある。
同輩の何某が供を連れて歩いてくるのが見えました。
可右衛門は息を呑む。
主人は鬼の形相で鯉口を切る。
「何某、覚悟」
ト、叫んだかと思うト、主従もろとも斬り殺してしまった。
薄暗がりの中、二人の死骸が音もなく倒れている。
可右衛門は物陰で息を潜めたまま。
しーんと辺りは静まりかえっている――。
血糊も拭かずに、弥藤太がこちらへ歩いてきます。
刀からしたたる鮮血――。
その時、初めて可右衛門は気がついた。
が、時すでに遅しでございます。
「さらばだ、可右衛門。俺は今から逐電する。先にあの世へ行っていろ」
ト、鬼神のような目玉がこちらを睨んだかと思うと、次の刹那には斬られていた。
口封じというやつでございましょう。
その非道な振る舞いに、可右衛門の怨みの一念がこの世に残ったのも、無理もない話で。
こうなると、主従もなにもあったものじゃない。怨敵です。
可右衛門の霊は逃げた仇につきまとい、ついに国ざかいの山中で取り殺した。
屋敷は倅が継ぎましたが、これもまもなく可右衛門に憑かれて死んだそうで。
「それからずっと、この屋敷に取り憑いておるのか」
ト、話を聞いていた彦五郎が可右衛門に訊きました。
「さようでございます」
「して、それが今宵限りと申すのは」
「はい。そのことでございます。弥藤太の倅の遺児――つまり、弥藤太の孫でございますが――、それがただいま近江に住んでおります。今宵、矢橋の渡(やばせのわたり)を丸太舟で渡るつもりのようでございますから、沈めてやろうと思っております。乗り手のうち、七人は助かり、三人は死ぬはずでございます。そのうちの一人に、弥藤太の孫を入れてやるつもりでございます。これで怨敵の家系は根絶やし、もはや怨む相手が残りません。迷魂は火の如く、業力は油の如し。油尽きて火の消えるが如くでございます。遺憾ながら、これで成仏するより他ございません」
お暇申します――と言い置いて、可右衛門はふっと姿を消しました。
その後、二度と姿を現すことがありませんでしたので、彦五郎は気になって近江の縁者に問い合わせた。
すると、可右衛門が言ったとおり、矢橋の渡で丸太舟が沈み、三人の者が溺れ死んだとのことでございました。
彦五郎は、幽霊が現れたことよりも、消えていったことのほうが、よほど恐ろしかったという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(「一夜舟」巻之三第四『御慇懃なる幽霊』ヨリ)