こんな話がございます。
備中は成羽郷の山奥に、木の村という小さな村がございます。
その村の神社の境内に、二つの大きな岩がございまして。
村の者たちは「夫婦岩(みょうといわ)」と呼んでいるそうでございますが。
その二つの岩の間、正しくはうち片方の岩に寄り添うようにして、小さな岩が一つある。
小さなと申しましても、人の背丈よりはゆうに大きい。
どうしてこれが夫婦岩と呼ばれているのか。
それには、こんな謂われがあるそうでございます。
昔、この村に甚兵衛という力持ちの大男がおりました。
村の力比べなどには必ず顔を出して、自分の頭より大きい岩でも難なく持ち上げてしまう。
そんな甚兵衛にも勝てないものが一つありまして。
それが女房のおカネという、これまた力持ちの大女。
向こうっ気もたいそう強いが、それ以上に働き者でございます。
一方の甚兵衛はと申しますト。
これは絵に描いたようなならず者で。
働きもせず、朝から酒をあおっては、威張り散らしてばかりいる。
この日も甚兵衛は、村の若い衆を捕まえて、力自慢などして悦に入っておりましたが。
ふと、目の前の若い衆の顔色が変わったことに気がつきまして。
オヤと思っていますと、突然首根っこを掴む者がいる。
振り返るまでもなく、こんなことが出来るのは、女房のおカネただ一人です。
「何をやってるんだよ。人が忙しく働いてるのに、遊び呆けやがって」
ト言って、おカネは甚兵衛をひょいと持ち上げると、原っぱに投げ飛ばして、帰ってしまった。
そんな夫婦ですから、どうしてもケンカが絶えません。
おカネは、偉そうなだけで働きもしない甚兵衛が腹立たしくてたまらない。
甚兵衛は、人前で男に恥をかかせるおカネがどうしても許せない。
家に帰ると甚兵衛が、悔しまぎれに女房をどやしつける。
すると、女房はかまわず甚兵衛を捕まえて投げ飛ばす。
こうなると、近所の者も誰も割って入ることが出来ません。
毎日、狭い家の中で大騒ぎを繰りひろげておりましたが。
ただ一人、夫婦を黙らせることが出来るものがある。
それは二人の間に生まれたばかりの赤ん坊、名をヒコという男の子。
ひとたび、ヒコが泣き出しますト――。
夫婦揃って駆けつけまして、二人で争うようにあやします。
「ヒコや。おお、そうかい。おとうの声がうるさかったかい」
「違うよ。おかあがドスンドスンと音を立てるから寝付かれなかったんだ。なあ、ヒコ」
やがて、二人に見守られてヒコが眠りにつきますト――。
夫婦は顔を見合わせて笑みを浮かべ、仲良く床に入るのでございました。
そんなある日のこと。
おカネがヒコに食べさせようと、山から瓜を採って帰ってきました。
ヒコは背中で眠っております。
おカネは今のうちに厠に行っておこうと、瓜を入れた籠に我が子をそっと寝かせて、出て行きました。
そこへ帰ってきたのが、ならず者の夫、甚兵衛で。
上り框に腰を掛けると、そこに籠が置いてある。
見ると、たくさんの瓜に包まれるようにして、ヒコがすやすや寝息を立てている。
ちょうど腹が減っていたこともございましたが。
いつも女房が自分を悪人のように、子どもに吹き込むものですから。
今日は俺が一人でかわいがってやろうト。
籠ごと抱えて、家を出て行きましたのが。
後に取り返しのつかない罪を引き起こします。
――チョット、一息つきまして。
コメント
何ともやるせないお話でした。
現代では子供ネタはタブーが多く、決まりきった形しかない中で、ある意味新鮮でございました。
コメントありがとうございます。
初アクセスに初コメントまでいただき、恐悦至極に存じます。
これからも何卒よろしくお願いいたします。