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亡者が女の首をねじる

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どこまでお話しましたか。
そうそう、葬儀に呼ばれた僧侶たちが、和尚も含めてみな眠りに落ちてしまうところまでで――。

西念がゾッとして見やりますと、棺がめりめりと音を立てながら、内側から少しずつ蓋が押し上げられていきます。

それでも誰も目を覚まさない。

めりッ、めりッ、めりめりッ――。

そしてついに、

バーン――。

トいう激しい音とともに、棺の蓋が割られました。

中から立ち上がったのは、青い顔に白い経帷子を着た老武士の亡骸で。
もはや人の心も失われて、凄まじい形相で四方を睨みつけている。
まなこの内から強い怨念が放たれています。

西念はすっかり肝を冷やして、慌てて和尚の袈裟の中に身を隠した。
和尚の腰にしがみついて、わなわなと震えておりますト。

死人は棺から外へ出て、部屋の中を歩き始めました。
寝ている僧侶たちの鼻の先の匂いを嗅いで回っている様子。

クンクン、クンクン――。

匂いを嗅ぐ気配が、少しずつこちらへ近づいてくる。
ついに隣の兄弟子のところへやって来た。
死骸の臭気が西念の鼻をつく。
もはやこれまでか、ト小僧は観念した。

ト、死人は何故か和尚の前を素通りして、左隣の兄弟子の方へ行きました。
ほっと安心したのも束の間。
僧侶全員の鼻の匂いを嗅ぎ終わると、死人は再び仁王立ちして、部屋中を見回している。

どうするのかと、震えて見守っておりますト。
死人は、廊下を伝って、他の部屋へ出て行きました。
そして、しばらくするト――。

「あッ」

ト、一声、女の叫び声が聞こえてきました。
声がしたのはその一瞬ばかり、すぐに静寂が屋敷を包みます。

やがて、のそり、のそりト、死人が部屋に戻ってくる。
その手にしていたものを見て、幼い西念は凍りついた。

死人の手には、女の生首が提げられている。
若く美しい女の、断末魔の一瞬を捉えたような生首を、死人が髪を握って提げている。
まるで油を搾るように、血がぽとりぽとりと滴り落ちる。

まだ生気の残っているような、上気した女の首でございます。
その根本を見てみるト、これは生きたままねじ切られたに違いない。

死人は何の感慨もなく、首を手にしたまま、棺に戻る。
まだ満足しないのか、牙をむくような顔つきで立ち尽くしております。
その姿が、まるで夜叉羅刹のように思われた。

そこへドタドタと駆け込んできた一群がある。
数人の武士が、死人の倅に付き従い、刀や槍を手に手に入ってきた。




「しまった。間に合わなかった」

父の姿を目にして、倅が臍を噛むように言う。

「おい、貴様ら目を覚ませ。なんという体たらくだ」

その怒声に初めて武士たちは目を覚ました。
棺の中で生首を手に立つ死人を見て、一様に腰を抜かしている。
和尚が目を覚ましたのも、その時で。

「貴僧ともあろうお方が、これはまた如何なされた。お弟子の方々はお休みのようでござるが」
「弟子――。ややッ――」

和尚が右隣の僧の肩に手をやると、僧はそのまま前にのめって倒れてしまいました。
見ると、西念を除いた十一名の僧侶が、全員音も立てずに死んでいた。

武士の倅はそれには目もくれずに、亡父の死骸に向かって毅然と言い放った。

「父上ッ、これはなんという醜態でございます。武士の身にありながら、死してなお、かように女への未練を露わになさるとは。これでは、世間のそしりを受け、お家断絶の憂き目を見ても致し方ございませぬぞ。なんと浅ましい振る舞いではございませぬかッ」

倅の叱責に、死人がどんな反応をしたかと申しますト。
ようやく亡魂が我に返った様子で、父の死骸は大いに恥じ入った表情を見せた。

ボトッ――。

ト、生首を手放して床に落としますト。
迷魂が肉体を離れたのか、死骸がバタッとその場に倒れた。
倅がそれを見届けて、ようやく安堵の溜息をつく。
配下の武士たちも、刀や槍を下ろします。

「この女は拙者の妻でござる」

そう切り出した倅の言葉に、西念は驚かされました。

「我が父はこともあろうに義理の娘に懸想を致しましてな。我が妻の貞操に撥ねつけられるや、情けなくも思い煩って亡くなったのでござる。おそらく、愛執の一念が死して怨念と化し、このように妻の首をねじ切ったのでござろう。お家の大事でござる。ゆめゆめ口外したもうな」

さらば、和尚も兄弟子たちも、この死人の怨念に力を封じられてしまったのでございましょう。
和尚は己の非力と失態を恥じ、寺を出て托鉢修行に出たと申します。

幼い西念は、死人が女の首をねじ切ったことも、もちろん恐ろしかったのでございますが。
もっと恐ろしかったのは、その後、生首を手にして立っていた死人の形相で。

威厳あるひとりの老人の死骸。
それが、まるで抜け殻のようになって、ただ女への執念のみに操られていた。
小僧の西念には、その愛執こそが、まるで何かの生き物のように見えたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「善悪因果集」中ノ一遍『愛執ニヨリテ屍ノ人ヲ殺ス事』ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    ふむ。浅ましいものですな。愛執を拗らせ病ませた人間というのは何とも言葉にしづらいものです。