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京女の生首

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どこまでお話しましたか。
そうそう、東国へ向かうことになった僧の西念が、女の懇願を受け入れてその首を切り落とすところまでで――。

西念は東海道を一路東へ向かいます。
長い旅の末に、下総国は飯沼の弘経寺に着きました。

ここは関東十八檀林のひとつでございまして。
若僧たちが宗門の教えを学びにやってきます。
西念も学寮の一室に入り、これから修行が始まります。

ところが日が経つにつれまして。
仲間の僧侶たちの、西念を見る目が変わっていきます。

西念が自室に戻ると、決まって若い女の嬌声が聞こえてくる。
はんなりとした京訛り、品の良い笑い声です。

その噂は日に日に広まっていきまして。
隣の僧侶が、壁の穴から西念の部屋を覗いてみましたが。
そこに女はおりません。

もとより、僧坊と申しますのは、人ひとり入るのが精一杯の狭さです。
西念がひとりと、荷物がわずかにあるばかり。
特に変わった様子は見受けられません。

それがかえって憶測を呼びまして。
まだ不動心には程遠い、若僧たちでございますから。
西念には何か悪霊でも憑いているのではないか。
ト、額を寄せあっては怯えるのでございました。

さて、それから三年が過ぎました。
若僧たちも修行が進み、悪霊らしき嬌声に慣れてきた頃――。

西念の故郷から、母堂が危篤との知らせが届きます。
取るものも取りあえず、西念は実家のある京へと舞い戻りました。

それからひと月あまり経ったある晩。
学寮に突如、悲鳴が響き渡りました。

すわ、何事ト、学僧たちが飛び出してくる。
悲鳴は泣き声に変わっています。
例の京訛りの女の声が、泣き叫んでいる。
その嘆きようが尋常ではございません。

「西念さんの部屋だ」

学僧たちは錠の掛かった部屋の戸を押し破り、中へ侵入いたしました。

ト、中には誰もおりません。
荷物も、柿渋紙の包みが一つあるばかり。
が、声は確かにここから聞こえてくる。

「開けましょうか」
「そうしましょう」




一人が代表して、包みをこわごわと開いていく。
現れたのは、飯櫃のような丸い木箱。

「開けますか」
「そうしましょう」

おそるおそる蓋を取り外してみるト――。

そこには、艶めかしい女の白い首。

紅、白粉に、眉墨を引き、まるで生きた女――いや、それ以上の美しさ。
だが、その表情は憂いに沈み、瞼は真っ赤に泣き腫らしている。

女は学僧たちの視線に気づくと、たちまち恥じ入った様子でうつむきまして。
その途端に――まるで百合の花が萎れていくかのようでございました。
白い顔がみるみるうちに、干からびた死首と変わり果てた。

僧侶たちはこの不思議な光景に呆気にとられておりましたが。
やがて、みなで話し合い、ともかくも女の霊を弔ってやることにいたしました。

その後、再び京から知らせが届きまして。

「かの僧は病を得て、某日某刻にあい果て候」

トのことでございましたが。

学僧たちが、一様に驚きましたことには。
かの女首が悲鳴を上げたと申しますのが。
まさにその時刻だったのでございます。

別れを拒んだ女の首が、生と死を隔てながらも、愛しい男と添い遂げたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(『新御伽婢子』巻二ノ四「女の生首」ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    湛慶と言い、西念と言い、求道とは裏腹な話が続きますな。何ともままならないものです。いっそ端から世俗にまみれていた方がよほど気楽に生きられるのかもしれませんな。ま、煩悩の塊がそんなことを言うのも滑稽ではありますが。

    • onboumaru より:

      理想を追い求めれば追い求めるほど、現実との差異に苦しみや恐怖が生じるのかもしれません。