どこまでお話しましたか。
そうそう、強欲者の女房が、地侍たちの刀を手に入れるために、死人の指を切りに出かけていったところまでで――。
女房はとにかく刀が四本も一度に手に入るトいうことで頭が一杯でございます。
家から神社までは、一町ばかりの鬱蒼とした森を抜けなければなりません。
女子供はもちろん、並の男でも足がすくむところではございますが。
煙管一本のために肥溜めに飛び込むような女です。
夜の森くらい何とも思いはいたしません。
生ぬるい風がどこからともなく吹いてくる。
森の木の葉が、引き留めるようにさざめいています。
眠っていたろう鳥たちが、一斉にバタバタバタと飛び立った。
その一切を、女は気にもしておりません。
あっという間に村はずれの神社の前までやって来まして。
橋の袂から、川へ向かって降りていった。
するト、噂通り、そこに女の死骸が一体、流れ着いておりました。
女は懐から短刀を取り出しますト。
まるでためらうこともなく、小指をさくっと切り落としまして。
失くすといけないからト、余分にもう一方のも切り落として、懐に入れた。
女はこれでもう、刀を四本手に入れた気になりまして。
ホクホクと笑みを浮かべて、死人に手を合わせますト。
きびすを返して、元来た道を戻っていった。
そして、件の森へ再び入る。
生ぬるい風がどこからともなく吹いてくる。
森の木の葉が、たしなめるようにさざめいている。
鳥たちはもうそこにいない。
突然、女の頭上から、
「見よッ。汝の足元を見よッ」
ト、降りかかるように聞こえてきた叫び声。
さすがにびっくりして、身をかがませ、足元を見てみますト。
そこに何やら小さな包みが落ちておりました。
拾い上げてみるト、いやに重い。
「ホホ――」
女は何故かほくそ笑む。
「――きっと神仏のお恵みに違いない」
ト、どこまでも都合良く出来ております。
儲かった、儲かったト、女房は家路を急ぎました。
一方の亭主は、家の中で布団をかぶってぶるぶる震えている。
その亭主の頭上にも、突然降りかかってきた叫び声。
「行けッ。汝も森へ行けッ」
その声とともに、何十人とも思われる足音が、ドシンドシンと屋根を踏み鳴らしました。
男は布団をかぶったまま、ううっと呻き声を上げるのが精一杯で。
そこへ突然、表の戸がガラッと開いた。
ついに来たッと、亭主は化け物か何かと勘違いして、
「ギャッ」
ト声を上げたきり、布団の中で固まってしまった。
「何をそんなに騒いでいるんだい」
家に上がってきたのは女房で。
手には包みを提げている。
「はいよ。失くすといけないから、余分に二本持ってきたよ」
懐から二本の小指を取り出したのを見て、亭主もようやく落ち着いた。
「それだけじゃない。いいかい、驚いちゃいけないよ」
女房は得意げな表情で、手に提げていた包みを開いて中身を見せる。
――ト。
そこにあったのは――。
血の滴る我が子の生首。
「あッ」
ト、夫婦は声を上げる。
女房の背中を見ますト。
そこには首のない我が子の亡骸があるばかり。
女房はほとんど錯乱いたしまして。
泣きわめいているその傍らで。
もはや取り返しがつかないト。
悟った亭主はト申しますト。
二本の指を懐に入れ。
約束の刀をもらいに行ったという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(「諸国百物語」巻之三ノ二十『賭けづくをしてわが子の首を切られし事』ヨリ。小泉八雲「骨董」ニ『幽霊滝の伝説』ト云フ類話アリ)