どこまでお話しましたか。
そうそう、八幡宮の外れの墓地に、頭から火を噴く変化のものが現れると聞き、一人の男が確かめにやってきたところまでで――。
男が夜目を凝らすまでもなく。
火の玉は宙を跳ねるようにして。
こちらへ少しずつ近づいてまいります。
男もこれにはさすがに肝をつぶした――。
ト、申したいところではございますが。
「来たな」
男は、待ちくたびれたトでも言わんばかりに。
刀の柄に手をかけ、鯉口を切って静かに待つ。
火の玉は近づくにつれて、次第に大きくなってくる。
そのうちに、三つの炎が揺れているのが分かりました。
四、五間ほどまで近づいてまいりますト。
その炎は、人間の頭に括りつけられていることが知れました。
二十歳ばかりの女でございます。
身には白い経帷子を着ております。
長い黒髪をざんばらに解き、頭に鉄輪(かなわ)をはめている。
五徳でございましょうか、その鉄輪に。
三本のろうそくを差し込みまして。
そこに火が点っているのでございます。
素足に天狗のような高下駄を履いている。
さすがにその異様さには、男も眉をひそめました。
とはいえ、こればかりで変化のものと認めるわけにはまいりません。
むしろ、この丑三つ時に、呪いでも掛けに来たのではないか。
今しばらく様子を見ようト、木陰で息を潜めておりますト。
女は焼き場の建屋の中へ入って行きました。
「見れば見るほど、怪しい女め」
男は後を追っていき、戸の外から中を覗く。
女は、今しも死人を焼いている火の中に何かをくべておりました。
やがて女は立ち上がり。
何事もなかったかのように、もと来た道を帰っていく。
男はそこで、女の腕を後ろから捉えて、組み伏せました。
「な、何をしますッ」
女は、それこそ変化のものにでも出くわしたかのように驚いて、声を上げる。
「女、お前はここで何をしておる。俺は変化のものが夜な夜な現れると聞いてやってきたのだ。申し開きをしてみよ。あまつさえ、怪しいなり形。言わぬならこの場で斬り捨てるぞ」
意外にも女は、悲しそうに両袖で顔を覆い、涙を流しておりました。
「あなた、私の大願を――。大願を台無しにしておいて――」
女はさめざめと泣いておりましたが。
やがて諦めたように顔を上げて語りだしました。
「何の因果かは知りませんが、夫が三病を――あの、顔がただれ落ちる病を、突然患ったのでございます。様々に療治を尽くしましたが、全く効き目がございませんで、夫婦で途方に暮れておりました。もう他に頼るものもなく、七日の間、断食をして宇佐八幡に祈っておりました。すると、その満願の朝に八幡様が枕元にお立ちになって、こうおっしゃるのです。千日の間、丑の刻にこの墓地へ行き、死人を焼いた火で餅を炙って食わせよ、必ず平癒するであろう。と、そうおっしゃったのでございます。それがあなた、あと四日で千日という日に、あなたに見られてしまって――。三年の苦労がすべて水の泡でございます」
女は顔を覆って、堰を切ったように号泣しました。
男はその様子を顎をさすりながら見ておりましたが、一言、
「そうして、お前はこれからどうするつもりだ」
ト尋ねました。
「どうもこうもございません。夫ももう虫の息。これ以上、私一人が生き永らえて何になりましょう」
女はそう答えるのが精一杯でございましたが。
男はその答えを聞くや、
「では、俺が楽にしてやろう」
ト、刀を抜いて振り上げたかと思うト。
うなだれていた女の首を、スパっと切り落としてしまった。
男はまるで戦利品でも得たかのごとく、女の首を持ち帰る。
火の点ったろうそくと鉄輪をはめた、奇ッ怪な首でございます。
「見ろ。人間の女だ。かくかくしかじかの事情で、毎夜、丑の刻参りをしていたのだ」
ト、男は首を仲間の前に放り投げた。
仲間たちは、みな恐ろしくなって思わずよけました。
「妖怪変化などこの世にいない。そんなものは、お前たちの臆病が作り出したのだ。これで分かったろう」
男はそう言って胸を張りましたが。
仲間たちは、そんな男にむしろ妖異を感じたという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(「諸国百物語」巻五ノ十『豊前の国、宇佐八幡へ夜な夜な通ふ女の事』ヨリ)