どこまでお話しましたか。
そうそう、貧乏寺に飼われていた猫が、月夜に踊りだしたがために、和尚によって追い出されたところまでで――。
それからしばらくいたしまして。
麓の村で一つの騒動が出来いたしました。
村一番の長者の娘が、突然亡くなったト申します。
それもただの死に方ではございません。
まるで欠けゆく月に魅入られるようにして。
突然踊りだした、その挙句に。
踊り踊って、踊り死にを遂げたという。
愛娘の、前触れもない狂い死にに。
長者はすっかり取り乱しまして。
村中の僧侶が急遽、呼びだされましたが。
山寺の和尚だけは、ひとり蚊帳の外で。
騒動もまったく知らずにおりました。
ト申しますのは、山寺の和尚の存在を。
単に長者が忘れていたからでございます。
あまたの僧侶を引き連れた、長い長い葬列が、ゆっくりと墓地に入ってくる。
ト――。
突然、つむじ風がびゅーっと一行を嘲るように吹き抜けていきました。
「あっ――」
誰かが声を上げたのを聞いて、一行が空を見上げますト。
彼らの頭上高くに、いつの間にか娘の棺がぷかぷかト浮かんでいる。
「誰だ、誰の仕業だ。おい、何とかできる者はおらぬのかッ」
長者が狂ったように喚きますト。
僧侶の一人が、思い出したように経を唱え始める。
それを聞いて、他の僧侶たちも慌てて経を唱え始めましたが。
誰もが、娘の鎮魂よりも、己の功名心が大事ですので。
てんでばらばらに、異なる経をがなりたてている。
まるでコオロギの群れが、マタタビの匂いでも嗅がされたかのような大騒ぎで。
そんな地上の喧騒を嘲笑うかのように、棺は宙に浮いたまま。
「どいつもこいつも、まるで役に立たぬではないかッ」
長者は怒り心頭、僧侶たちは焦って読経の声に力を入れる。
「長者様、長者様――」
屋敷で使っている下男が、長者に耳打ちをいたしました。
「まだ、山寺の和尚が来ておりませぬ」
「誰だ、それは――。まあ、いい。誰でもいいから連れて来い」
こうして、貧乏寺のヨボヨボ和尚が、訳も分からぬままに連れてこられましたが。
和尚は、長年、経など読んでおりませんから、思い出せません。
「早く、読めッ」
「は、はいッ」
和尚は、もうやぶれかぶれになりまして。
どうせ他の僧侶はみな、自分のことに必死になっている。
長者も経の中身など知りはしまい――。
ト、開き直るより他にない。
「オンアビラウンケンマカハンニャハラミータ――」
適当に文言をつなげ合わせて、それらしく手をこすりあわせておりますト――。
「あッ――」
ト、どこからともなく、再び声が上がりました。
「降りてくる、降りてくるぞッ」
長者も空を見上げて、喜々として手を叩く。
そのまま、棺は静かに、たおやかに、空から降りてきて、すっと地に着きました。
和尚もこれにはびっくりして、目を丸くしておりますト。
「おやッ、こんなところにッ――」
下男が指差したのは、ある墓石の裏。
そこに、猫が一匹、踊っている。
言うまでもない、化け猫と化した山寺のトラでございます。
しかし、人々は誰も、それが貧乏和尚の飼い猫だったとは知りません。
「化け猫めッ。此奴が嬢様の棺に悪さをしていたのだなッ」
若い者が寄ってたかって、トラに襲いかかる。
猫は抵抗をいたしません。
誰かがそこらに落ちていた棒を拾って、撲りつけた。
頭をしこたま打たれて、トラはぐったりとする。
そのまま動かなくなってしまいました。
「いやあ、驚きました。かように高徳の僧が、我が村におわしましたとは」
長者は感激して、貧乏和尚を屋敷に招くと、手厚くもてなしました。
狐につままれたようなトはこのことで。
それから、長者が本堂を立派に再建する。
噂を聞いて檀家の希望が殺到する。
門前に市ができる。
こうして、貧乏和尚は瞬く間に、生き仏にまつりあげられましたが。
どうしても心に引っかかるものがございましたのは。
踊り死にしたという娘の棺を、トラが踊りながら操っていたことで。
考えてみますト、トラは自分が難儀していることを知り。
みずから追い出されるように、仕向けたのではなかろうか。
そうして、自分が少しは裕福になるようにト。
あんな茶番を仕組んだのではなかろうか。
そうだとすれば、そんなトラの心遣いも気付かずに。
自分は化け猫これ幸いト、良い口実にして追い出したのだ――。
恩人――ならぬ恩猫に。
己が仇で報いたことを。
和尚は死ぬまで気に病んだという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(奥州ノ民話ヨリ。「猫檀家」ノ通称デ知ラル)
コメント
失礼しますレビュアンと申します。いつも楽しませていただいておりますm(__)m現代語訳の文章もいかにも古風を残し、素晴らしいと感嘆しております・・・一時期江戸期の、黄表紙本を読んだりしていたことがありましたが・・・・・挫折しました(^^;)今後も楽しみにしておりますm(__)m
コメントありがとうございます。
なかなかこういうジャンルは興味を持ってもらえないのでは、
と思いつつ始めたブログですので、お褒めいただいて本当に嬉しいです。
励みにして頑張ります。
黄表紙を読まれていたとのこと、すごいですね。
私は活字になったものしか読めません…。
今後もご愛顧のほどよろしくお願いいたします。