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沢の怨霊の片棒を担ぐ

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どこまでお話しましたか。
そうそう、沢のほとりで夕立に遭った張禹が、雨宿りした屋敷の女主人から、実は死霊であると告白されるところまでで――。

張禹は豪の者でございますから、死霊と聞いて怯えはいたしません。
ただ、雨宿りをしたつもりで入った屋敷が、死者の館であった不思議に驚きました。

「すると、このお屋敷は――」
「わたくしの墓でございます」
「なるほど」

肩を落として泣いている女主人。
その左右に凛として張禹を見ている下女たち。
やはり、その光景は奇妙なものに思われました。

「わたくしは、任城県の孫家の娘でございます。父は中山の太守を務めた者でございます」
「おお、孫太守の――。存じております」

張禹は懐かしい名を聞いて、にわかに目を輝かせました。

「わたくしは縁あって、頓丘の李氏に嫁ぎました。一男一女をもうけまして、息子は今年で十一、娘は七つになります」
「それでは、可愛い盛りですな。さぞ、お名残惜しいことでございましょう」

女の気持ちを慮って、張禹は言いました。

「はい。そのことでございます」

ト、女が張禹の言葉に、突然頭をもたげました。

「わたくしが死んだ後のことでございます。夫は名を承貴という、わたくしのかつての小間使いを愛妾にいたしました。ことによると、わたくしの生前から関係があったのかもしれません。いや、それはもういいのです」

女主人は、奥歯を噛みしめるようにして言いました。

「承貴は後添えのような立場に収まりますと、わたくしが産んだ二人の子どもを虐めさいなむようになりました。棒で叩いたり、水をかぶせたり、酷い女があったものでございます」

これには張禹も同情した。

「腹を痛めた産んだ我が子でございます。わたくしはどうにかして、あの女を殺してやりたいと思っております。ところが、わたくしは女の身である上に、死霊でございます。とても生きた女の気性には勝てません。そこで、あなたの力をお借りしたいのでございます」

張禹はぞっとした。
ト、同時に、ここへ来る時、下女が笑みを浮かべながら主人の言葉を伝えた理由が、初めて分かりました。
こんな男の現れるのを、この女主人は手ぐすね引いて待っていたのに、違いありません。

「せっかくですが、奥様――」

慎重に張禹は返事をした。

「――私も武人でございます。人を殺めるのが務めとは言え、私怨を晴らすために武力を濫用するわけにはまいりません」

すると、女主人はにっこりと清楚な笑みを返しまして。

「貴方様のお手を汚させるようなお頼みはいたしません。あなたはまず、夫にわたくしのこの嘆きを伝えてくださればよいのです」
「と、おっしゃいますと」
「わたしが死してなお浮かばれずに、我が子の扱いを哀れんでいると知れば、あの女はきっと祈祷や死霊払いを求めるに違いありません。何かと迷信深い女でございましたから。そこで、貴方様は死霊払いができると、夫におっしゃって頂きたいのです」




張禹は大いに困惑いたしまして。

「しかし、私は死霊払いなど出来ませんが」

ト、答えましたのは、どこまでも性質が実直だからでございましょう。

「いいのです。むしろ、出来なくてかまわないのです。何かそれらしい文句を適当に並べてくださればよいのです。貴方様の祈祷に、夫もあの女も神妙に頭を垂れることでございましょう。その隙さえ作ってくだされば、あとはわたくしどもが何とかいたします」

翌日、張禹は沢のほとりの死者の館を後にする。
頼まれたとおりに、頓丘の李氏を訪ね、亡妻の嘆きを伝えました。

すると、見立て通りに後妻の承貴が怯えはじめまして。
夫の李氏に死霊払いを要請する。
張禹がそれを買って出ますト。
二人は、偽の呪文に耳を傾け、神妙に頭を垂れました。

そこへ現れる一群の影――。

沢辺の女主人とその下女たちの群れが。
二人の背後から、近づいてくる。

その様子が張禹には、手に取るように見えました。
二人はもちろん気づいていない。

女の群れはみな、手に手に刀を握っている。
一人ひとりが順々に、恨みを晴らすように承貴を刺す。

グサッ――。
グサッ――。
ズブッ――。
グサッ――。

何も知らない承貴は、そのたびに苦痛で顔を歪ませます。

最後に、女主人がひときわ大きな剣を振りかざす。

エイッと力任せに振り下ろしますト。

承貴は声もなく、その場に倒れてしまいました。

驚いた李氏が抱きかかえますが。
すでに承貴は息をしていない。
しかも、血も流れず傷跡も残っておりません。

張禹はどこか後ろめたい心持ちで頓丘の李家を去りまして。
再びかの沢を通って帰路に就きましたが。
すでに死者の館は姿を消しており。
代わりに五十匹の反物が、まるでお礼のように沢のほとりに置いてあった。

武者が亡魂に祟りの片棒を担がされるという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(六朝期の志怪小説「雑鬼神志怪」ヨリ)

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