こんな話がございます。
海の向こうから神がやってくるというお話は。
古今東西あまたございます。
本朝でも、少彦名命という神があらせられる。
これは大国主命のもとへ、海の彼方から現れまして。
国造りをともに成し遂げた神でございます。
また、お隣朝鮮の新羅では。
海に捨てられた赤子が漂着し。
王家昔氏の祖となったという。
ところが、このたびのお話は。
チョット趣向が異なりまして。
海の彼方から人がやってきて。
再び海の彼方へ帰っていったという。
何やら謎めいたお話でございますナ。
享和三年春二月。
常陸国は原舎利(はらしゃり)の浜での出来事で。
春の波は穏やかにして。
陽射しがうららかに降り注ぐ。
手を休めて飯を食っていた浦人たちは。
みなただ何となく、遠い沖を眺めておりました。
その中に一人、まだいとけない男児の姿。
大人たちとは打って変わり。
じっと海の向こうをみつめている。
これは名を佐助ト申す、漁師佐兵衛の末の倅。
歳は十三、これから徐々に大人になりゆく年頃で。
父や歳の離れた兄たちに混じり。
海へ出るようになったばかりでございます。
「佐助。ぼんやりしてねえで、さっさと飯食っちまえ」
「この頃、色気づいてきやがったからな。大方、あまっこのことでも考えていたんだべ」
と、大人たちがからかいます。
ところがどうして、佐助は海の向こうにはっきりと。
何かを認めたから、ずっとこうしてみつめている。
佐助は五歳の頃に母を亡くしました。
突然姿を消した母の行方を尋ねますト。
誰もがこう言ったものでございます。
「おっ母さんは、遠い海の向こうへ行ったんだよ」
「行ったはいいが、いつ帰ってくる」
「さあな。佐助がいい子にしていたら、いつか海の向こうから帰ってくるかも知れねえな」
今、佐助の目に映るものは。
遠い海の向こうからこちらに向かってくる一艘の船。
イヤ、それが常の船とは違います。
まるで巨大な胡桃の殻のように。
全体が丸みを帯びた形に包まれている。
巨木の中をくり抜いた、いわゆる虚舟かと思われた。
「おい、何か妙なものがこちらへ流されてくるぜ」
「ありゃ、船じゃないのか」
「いや、卵みてえに全体が丸くて、頭を出すところもなさそうだ」
「それじゃあ、虚舟に違えねえ」
一足遅れて、大人たちがガヤガヤと騒ぎ出す。
「おい、佐吉に佐次郎。お前たち、行って見てこい」
父の佐兵衛が上の倅二人に命じます。
兄二人が慌てて小舟を沖へ向けて漕ぎ出しましたが。
引いて帰ってきたものが、とんでもない代物でございました。
――チョット、一息つきまして。