こんな話がございます。
若い修行僧がひとり、東国を旅しておりまして。
その日も暮れ方となり、ある家に一夜の宿を求めました。
「旅の僧でございます。一夜の宿を願います」
するト、破れ戸がガラッガラッと開きまして。
出てきたのは、腰の曲がった皺だらけの老婆。
「およしなさい。女所帯でございます」
ト、老婆は何故かニヤリと笑う。
「さ、左様でございましたか。では、よそへ頼みましょう」
思わず顔を赤らめまして、僧が立ち去ろうといたしますト。
それを見た老婆は、ますます愉快そうに笑います。
「ホッホ。まだまだ修行が足りないようで」
してやったり、トばかりに笑っている。
「お入りなさい。婆ァも女、幼な子も女。ホッホ」
僧もようやく、からかわれていると気づきまして。
後について家の中へ入っていった。
老婆の他には、四十過ぎの痩せぎすの女が一人。
どうやら、老いた母娘の二人暮らしのようでございます。
どこか陰気な娘が、無言のまませっせと世話を焼いてくれる。
麦飯に菜漬け、実のない汁ト、修行者には贅沢すぎるくらいの膳で。
僧がありがたく思いながら、一口一口、噛みしめるように食しておりますト。
ふたりがじっと、こちらを見ている。
僧は妙に思いながらも。
黙って食事を終えまして。
箸を置き、膳とふたりに合掌する。
娘が膳を下げて出る。
戻ってくると、老婆が娘に命じます。
「これ、そろそろ風呂に入れておやり」
娘が頷いて、また立ち上がりましたので。
僧は、この家には内風呂があるのかト。
珍しく思っておりましたが。
戻ってきた娘が手にしていたのは。
手のひらほどの大きさの、二体の裸の人形で。
「御坊様が女の風呂を覗いては困ります。ホッホ」
老婆がまた、嫌な笑い方をする。
娘が盥に湯を張りまして。
老婆が二体の人形を、ゆっくりト湯に漬けました。
すると、それまで干からびて見えた二体の人形が。
まるで命を得たかのように、みるみる瑞々しさを増してゆく。
やがて、まったき人の姿となり。
盥の中を生き生きと泳ぎ始めました。
これぞまさしく、水を得た魚の体(てい)でございます。
「こ、これはまた、どうしたことでございましょう」
僧はあまりの不思議に、気圧されまして。
二体の人形に目は釘付けになったまま。
母娘二人に問いました。
「私がこしらえたのでございます。よければおひとつ進ぜましょう」
老婆は盥から一体を引き揚げまして。
僧の手のひらに無造作にポンと渡した。
濡れた人形の肌が上気している。
僧の手の中で妙な生暖かさを放っている。
五、六歳の小娘のようなのが、こちらをじっと見上げている。
「これの娘でございますよ。私の孫に当たります」
老婆が自分の老いた娘を、顎で指し示して言いますト。
初めて四十の年増娘が、うぶな笑みを浮かべました。
――チョット、一息つきまして。