こんな話がございます。
とかく世間で疎んじられますのは。
口の軽い男に、尻の軽い女だナドと申しますが。
人様の事ならいざ知らず。
己のことなら喋ってもよかろうト。
そうお考えになるのも分からぬではないが。
やはり、あながち得策トハ申せません。
ここに三太ト申すヤクザ者がございまして。
腕っ節の強い大男でございましたが。
この者はほんの若い時分から。
非常な見栄っ張りでございまして。
都で一旗上げるのだト。
大見得切って村を出ていきましたが。
都の方ではそんな若者ナド。
佃煮にしてなお余るほどにおりますから。
やがて野心も行き詰まる。
どころか、暮らしも立ち行かなくなりまして。
無い袖は振れず。
背に腹もまた代えられません。
三太は一旦故郷へ帰りまして。
身を立て直して都へ戻ろうト考えた。
ところが、国へまだ行き着きもしないうちに。
三太はとうとう一文無しになってしまいまして。
もう三日もものを食べておりません。
腹をすかせて峠の一本道へやって来ましたが。
木陰に座り込んで、ただ朦朧としておりますト。
坂道の向こうからせっせと登ってくる男が見える。
背に大きな荷を背負っております。
汗をかきかき、前を通り過ぎようとするのを呼び止めまして。
「おい、お前。背中に何をしょっている」
相手の男は、三太を見下すように一瞥するト。
「ああ、これか。これは俺が五年の間、身を粉にして働いてな」
「ほう」
「都土産に買ってきた綾錦の反物だ」
「ほう」
「故郷のおっ母に見せてやろうと思ってな」
「ほう」
「これが本当の故郷に錦というやつサ」
ト言って、横柄そうに笑います。
三太はまるで動じもせずに。
「ああ、そうか。ところでお前、食い物は持っているか」
ト、尋ねますが。
「いや、ない。麓でみんな食ってきた」
相手の男はそっけない。
「そうか。それなら、背中の荷物を置いていけ」
「な、なにを」
「背中の荷物を置いていけと言うんだよ。何度も言わすな」
「どうしてお前にくれてやらなきゃならねえ」
「腹が減って力が出ねえからだよ。面倒かけずにさっさと置いていけ」
三太の勝手な言い分に、男は呆れ果てまして。
憮然とした表情で、峠を下りていこうト歩きだす。
するト、三太はもそもそト立ち上がりまして。
さも面倒そうに男の背後から歩み寄って、荷に手を掛けた。
「な、なにをする」
「力が出ないと言っただろう。余計な手間を掛けさせるなよ」
三太は男の荷物を乱暴に引きずり下ろしますト。
そのまま後ろから首根っこをひっ捕まえて振り回す。
力自慢の大男に捕まったものですからたまりません。
相手の男は倒れざまに、岩に頭をぶつけて伸びてしまった。
「い、命ばかりは助けてくれ――」
「うるせえ。嫌な笑い方をした己を恨め」
三太は落ちていた石で相手の男の頭を殴りつける。
鮮血が噴き出し、男はやがて静かになる。
三太はそのまま、男の脇に倒れ込みまして。
荒い息をなんとか整えておりますト。
その目に入ったのは、路傍に佇む一体の地蔵。
恐れ多くもムッとして、三太は地蔵に毒づいた。
「おい、地蔵。お前、見てただろう。誰にも言うなよ」
そう言って立ち上がり。
男の背負ってきた荷を担ぎ上げ。
自身が背負って歩き出した、三太のその背に。
不意に呼びかけてきた声がある。
「わしゃあ言わんが、ワレ言うなよ」
三太はびくっとして後ろを振り返る。
「だ、誰だッ」
もはや返事はございません。
そこには微笑を湛えた地蔵が、一体立っているばかり。
――チョット、一息つきまして。