こんな話がございます。
唐土(もろこし)の話でございます。
かの国の晋王朝の時代のこと。
呉興ト申す地に百姓がつつがなく暮らしておりました。
この者には息子が二人ございまして。
どちらも周囲が羨むほどの孝行息子でございましたが。
ある時、二人の息子はこぞって畑を耕しておりました。
「おい、小二」
ト、兄が弟に切り出した。
「何です」
「お前、夕べのこと父さんに謝ったのか」
「夕べのこととは、一体何です」
弟はキョトンとして兄を見る。
兄はその態度に思わず、ムッと腹を立てまして。
「おい、白を切るとただじゃおかないぞ」
ト、弟をギッと睨みつけた。
「何のことです。さっぱりわけが分かりませんが――」
弟は困惑して、兄を見た。
「それなら、俺から言ってやろう。夕べ、父さんが俺の部屋に来た」
「それで」
「それで、だと。ますます忌々しい奴め。父さんが俺に言うじゃないか。小二が近頃、夜遊びがひどくて困るとな」
「夜遊び――。そんな馬鹿な」
「いいから、聞け。それで俺が父さんに、小二の奴、一体どこへ遊びに行くんですと聞いたら、その答えに俺も驚いた」
「どこへ行ったと言うんです」
「まだ、白を切るつもりか。聞いてたじろぐなよ。村長の宋さんの家に、夜毎密かに通っているともっぱらの噂だ、とな」
「ま、待ってください」
弟は顔を真っ青にして、兄に訴えた。
「そんな馬鹿な話があるもんですか。宋さんと言えば、兄さんの許婚の方のお宅ではないですか」
兄は弟の言葉に顔を背けて、
「だから、父さんも怒っているのだ。あの穏やかな父さんが、だ。自分が苦労して取りまとめた話を、小二がすべてぶち壊そうとする、顔に泥を塗りたくる、とな」
ト、冷たく吐き捨てる。
弟はあまりのことに、声が思わず震えます。
「そ、それで、夕べのこととは一体何なんです」
「その時、庭で物音がした。父さんが俺に、ほら外を覗いてごらんと言う。見ると、お前がまるで泥棒猫のように、こっそりと部屋へ戻っていくところだった。父さんは、お前を説教すると行って出ていったぞ。だから、ちゃんと謝ったかどうか聞いているのだ」
弟は思わず声を荒げまして。
「嘘だ。父さんは来ていない」
「では、来ていないとしよう。それで、お前はどこへ行っていた」
兄が責めるように問うト、弟はむしろ力を得たように。
「だ、誰かが私を呼んだのです。それで出ていくと、誰も居ないので戻りました」
「下手な嘘をつく奴だ。もうお前のことは信用ならん」
ト、兄が弟を突き放した。
そこへ、ドタドタと興奮した様子で乗り込んでくる一人の影。
誰あろう、二人の父が怒り狂った様子で突進してくる。
「おい、小二ッ」
ト叫んだかと思いますト。
たちまち、小二の目の前まで詰め寄りまして。
太い腕で、二男の胸をドンと突いた。
痩せ型の小二は勢いに押されて、地に倒れ込む。
「お前、まだいやがったのか。この家から出て行けと言っただろう」
「な、何のことです」
小二は立ち上がって、必死に弁解しようとする。
父はそれには目もくれずに、
「お前もお前だッ。こんな弟はさっさと殺してしまえと言っただろうッ」
ト、続いて長男の方を突き飛ばした。
これには兄も驚きましたが。
父の剣幕に押されて弁明の余地もない。
まごまごしているうちに、落ちていた鍬を父が拾う。
「お前たちみたいな奴らはこうだッ」
ト、あろうことか、鍬を振り上げて襲い掛かってきますので。
兄弟二人はわけも分からず、命からがら家に逃げ帰った。
穏やかだった父の豹変の、これが第一幕でございます。
――チョット、一息つきまして。