どこまでお話しましたか。
そうそう、女犯の口止めをした僧の文秀が、騙されたことに怒り、人形を作って相手を呪うところまでで――。
呪われた者は、こちらも自業自得ではございますが。
これだけの怨念を一身に受ければひとたまりもない。
それから幾日か経った後、ついに頓死を遂げました。
「ただの生臭坊主とみくびっていたが、恐ろしい男だ」
「ああいうのとは関わり合いを持たないのがいい」
村の者たちは、途端に文秀を怖れるようになる。
もはや誰も、その庵を訪ねようとはいたしません。
それは庄屋の娘にしても同じことでございます。
そうしてしばらく、文秀の音信は途絶えておりましたが。
「大変だ。とうとう気狂いになって出てきやがった」
村人たちの間をそんな知らせが駆け巡る。
目玉を剥き。
髪や髭を生え伸ばした文秀が。
赤裸で山を駆け回っているトいう。
「テテテテテテッ、チチチチチチチチチッ」
囀るように舌を打ちながら。
狂ったように駆けずり回るその姿は。
もはや鳥獣ナドと喩えるどころでない。
地獄に堕ちた亡者そのものでございます。
「剣が――。剣が地の下から生えてくるッ――。タケノコのようにどんどん生えてくるぞ。テテテテテテッ、チチチチチチチチチッ――」
一歩踏み出すごとに、突き刺さるような激痛に飛び上がる。
飛び上がれば、当然また地に足が降りる。
再び身を貫く痛みにギャッと飛び上がる。
延々トこの繰り返しでございます。
「おいッ。そこらの木にでも掴まったらどうだい」
見かねて村のある者がそう叫びますト。
文秀は藁にもすがる思いで路傍の木に飛びついた。
が、すぐに跳ね返されるように、飛び退きまして。
「木も草も、みな剣のようだッ。テテテテテテッ――」
もはや誰にも手がつけられず。
文秀は山中を裸で駆け巡ること、実に三日三晩。
この噂を代官が聞きつけまして。
「捨て置くことも如何なものか」
ト、役人たちを山へ遣る。
数人で追い回し、叩きのめして、ようやく馬に乗せ。
文秀は中の郷へ連れ戻されました。
「馬の背から剣が生えてくるッ――。尻の穴に突き刺さるッ――」
文秀は座敷牢に入れられまして。
しばらくは牢の中を駆けずり回っておりましたが。
やがて、徐々に落ち着いてくる。
すっかりこの妙な病が癒えますト。
赦されて、久方ぶりに娑婆へ出ましたが。
何を思ったか、月も出ぬ晩。
松明を掲げていずくへか向かう。
現れたのは庄屋の屋敷でございます。
勝手知ったる他人の家。
するするト娘の部屋の前庭へ出て。
かつての合図で招き呼ぶ。
娘は警戒してなかなか出てまいりません。
それでも、かつての情人には違いありませんから。
やがて、おずおずと現れて庭に下り立ちますが。
これが娘の運の尽きで。
「畜生ッ。よくも俺を裏切ったなッ」
ト、ひと声叫ぶや。
手にした松明で娘の頭を打ち据える。
どうやら、捨てられたト恨んだ様子です。
「思い知れッ。思い知れッ」
哀れ、娘は気絶するほどに打ち据えられ。
顔は煤と痣とで真っ黒になる。
地に倒れ込んだ娘の着物や長髪に。
修羅の文秀が松明の火をかざします。
騒ぎを聞きつけて、家人が現れますト。
そこにイモリの黒焼きが一体出来上がっていた。
間もなく文秀は引っ立てられていきましたが。
代官屋敷へ向かう途中の林の中で。
突然、呻き声を上げ始めました。
「熱いッ。熱いッ。体が焼けるッ。体の内から火が燃えるッ」
役人たちは驚いて目を見張る。
「水をくれッ。水を――」
ト、息も絶え絶えに悶え苦しみますので。
そこらの笹の葉に集まった露を呑ませてやりますト。
「熱いッ。熱いッ。炎が喉になだれ込むッ――」
代官屋敷に着きますト。
すぐに桶一杯の水が運ばれまして。
役人たちが柄杓で代わる代わる。
口に含ませようといたしましたが。
文秀は悲鳴を上げるばかりで、舐めもしない。
「水、水――」ト、呻きながらやがて空しくなりました。
文秀の亡骸は、炎熱に溶けた蝋細工のように。
その身が跡形もなく爛れていたという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(片仮名本「因果物語」上の四『人を詛ふ僧忽ち報ひを受くる事 付 火あぶりの報ひの事』ヨリ)