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丸山遊郭 猫の食いさし

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こんな話がございます。

肥州長崎は唐船着岸の津にございます。
綾羅錦繍の織物に金銀の糸、薬種にその他もろもろの品。
種々の珍貨が絶えることなく我が朝へ入ってくる。
その玄関口でございまして。

日本六十余州のあきんどが当地へ来たりて商売をする。
その賑わいぶりは、難波を凌ぎ京にも劣らずト称されるほど。

かの地には丸山ト申す遊郭がございますナ。
唐人、紅毛人の気を引こうト、着飾った女郎たちがひしめいている。
いにしえの江口、神崎ナドもかくやト思わせる華やかさで。

もっとも、光が差せば影が従い、陽気が興れば陰気が篭もります。
裏路地へ一歩踏み入るト、表のきらびやかさトハもう別世界。

揚荷抜きの小悪党、行き場を失った年増女郎。
食いはぐれたドラ猫に、汚物にまみれたドブネズミ。
夜ともなれば、魑魅魍魎が跋扈するとかしないとか。

さて、この丸山遊郭の一角に、枡屋ト申す女郎屋がございまして。
ここに左馬の介ト申す一人の遊女がございましたが。

名の勇ましさとは裏腹に、まだ十五になったばかりの小娘です。
ほんの昨日まで、禿(かむろ)――つまり姉さん女郎の侍女だったトいう。
まだ客を取ったこともなく、面立ちも可憐で女童らしさが残っている。
花代は格安の銀五分で、こういう端女郎を俗に「分け」ナドと申します。

好きでこの苦界に身を沈める者はない。
左馬の介ももちろん然りでございます。

今日から客を取らされることが、不安で不安でなりません。
結いたての髪に刺したかんざしが、カチカチと音を立てて揺れている。

雨のそぼ降る夏の夕。
左馬の介が気を鎮めようト。
格子窓から外の通りを眺めておりますト。

傘もささずにフラフラと。
懐手で通りを歩いてくる。
少年の姿が見えました。




年の頃なら、十六、七。
立派な身なりに刀を差している。
鞘に散りばめられた金銀細工。

餅のように白い頬、薄紅がほんのり差している。
濡れ髪が乱れて額にかかる。
その様が絵に描いたように美しい。
紅顔の美少年とはまさにこのことでございます。

山出しの左馬の介は、吸い込まれるように見入ってしまう。
姉さん女郎の客をこれまで数多見てまいりましたが。
これほどまでに美しい優男を、ついぞ見たことがございません。

――どうせこの身を売るのなら、あんな優しそうな人に任せたいものを。

左馬の介は心底そう願う。
ところが、そんな思いが通じるわけもございません。
懐に手をしまったまま、あちらの格子、こちらの格子ト。
きょろきょろト目をやりながら、若衆は歩いて行きますが。

そうだ、ト左馬の介が思いつきましたのは。
こんな時のために習わせられたのではなかったかト。
硯を出し、紙を広げ、思いの丈を綴りますト。
今日からついた己の禿に、初めて用事を言いつけました。

「お清さん。これをあの若衆に」
「アイ――」

お清も女郎屋暮らしが長うございますから。
合点承知とばかりに、文を懐に表へ出る。
するト、ほとんど同時に、若衆がこちらをふと振り向いた。
幼い遊女と幼い武士の視線が図らずも交錯する。

ト、その眼差しを見て、左馬の介はハッとした。
射るように見る若衆の瞳が、紅毛人のように青かったのでございます。

――チョット、一息つきまして。

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