どこまでお話しましたか。
そうそう、西域人らしき幻術使いが首を斬った童子を群衆の眼前で生き返らせてみせるところまでで――。
幻術使いはすっかり青ざめた顔つきで。
見物たち一人ひとりを見回しておりましたが。
不意に崩れるように地へ跪きますト。
「ど、どうか、お許し下さい」
ト、乞いつつわなわなと震えだした。
「私は数日前にこの地へ着いたばかりでございます。まだ土地の皆様へご挨拶もないまま、つい術を披露してしまいました」
見物たちは不思議そうに顔を見合わせる。
幻術使いの弁明が、人々にはまるでピンとこない。
「お気に障られたのでございましょう。この中にわたくし以上のご名手がいらっしゃるものと見えまする」
人々はその言葉に驚いて、再び顔を見合わせた。
「どうか、その術を解いてくださいませ。このままでは倅が死んでしまいます」
幻術使いはもはやなりふり構わず。
額をしきりに地に擦りつけて。
泣き叫びながら乞うている。
「どうか、どうかお許しを。どなたか存じませんが、これからは貴方様を我が師と仰ぎましょうから――」
その間にも、倅の首は。
生気をどんどん失っていき。
血の池は徐々に広がっていく。
もう許してやれト、誰もが思いますが。
誰にそう申してよいのか分かりません。
術を阻んでいるのは誰なのやら。
この中の誰がまことの名手やら。
そのうちに一人が去り、二人が去る。
気味が悪くなったのでございましょう。
徐々に熱気も冷め始めた、ちょうどその時。
「貴様か。子供を殺したというのは」
人々が振り返ると、そこに巡邏が一人立っている。
立派な口ひげを蓄えた、閻魔大王のような大男で。
「人殺しめ。一緒に役所へ来い」
ト、幻術使いを引っ張っていこうといたしますト。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ」
幻術使いは慌てて抵抗した。
「衆人環視でございます。とても逃げおおせるものではございません。最後にもう一度だけ機会をくださいませ。これで駄目なら、きっと尋常にお縄を頂戴いたしましょうから」
そう言って、幻術使いは懐から。
何か種のようなものを取り出しますト。
「エイッ」
ト、刀で己の腕を切りつけまして。
その切り口に件の種を埋め込んだ。
「起来ッ、起来ッ」
ト、必死に気合を掛けますが。
童子はびくともいたしません。
ところが、幻術使いの腕に目をやりますト。
かの切り口に瓜が一つ、実をつけていた。
これには巡邏も目を見張る。
「我が師よ。どうかお許しくださいませ。人を殺したくなどございません。命ばかりはお助けくださいませ」
西域人の額には大粒の汗。
その目は宙を彷徨っている。
漢人たちは黙って父子を取り巻いている。
童子はびくともいたしません。
するト、西域人は突然、目を剥いた。
蒼い瞳が赤い血潮に染まって見える。
「――仕方ない。殺さば殺すまで」
ついに諦めたようにふっと呟くト。
腕に生った瓜の実を刀で斬り落とした。
ト、次の瞬間――。
何事もなかったかのように童子が起き上がる。
首を元へ嵌め直したかト思うも束の間。
取り巻いた見物たちの間から。
ぎゃっと悲鳴が上がりました。
まるで切り落とされた瓜の実のように。
一人の僧侶の首が、ゴロリと突然、地に落ちた。
呆気にとられた漢人たちを尻目に。
西域人は道具と倅を袋に収めて背に負うト。
空を仰ぐや、息をふうっと大きく吐いた。
その息はまるで絹糸のように。
天へ向かって伸びていき。
幻術使いは急いでそれを手繰り寄せ。
どこへともなく逃げるように消えていった。
僧侶の首はついに元へは戻らなかったという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(五代十国期南唐ノ志怪小説「中朝故事」巻下ヨリ)