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瓜売り歩く人と馬

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こんな話がございます。
平安の昔の話でございます。

河内国のトある在に。
田夫がひとりございまして。
名を「石別(いそわけ)」ト申しましたが。

この男は瓜売りでございます。
育てた瓜をみずから売り歩いている。

その相棒を務めるのが一頭の馬。
牝馬でございますが、働き者で。
もっとも、好きで働いているのかどうかは分かりません。

トいうのも、主人の石別がこれが酷い男でございます。
欲の皮が突っ張ったとは、この者を言うのではないかトいう。

瓜を一つずつ縄でくくって繋ぎまして。
数珠つなぎにしたものをいくつもこしらえる。
それを山のように高々と馬の背に積んで運ばせます。
その重さたるや、馬の蹄が土にめり込んでしまうほどで。

あまりの重さになかなか馬の脚が前へ進みません。
するト、前を行く石別がキッと目を剥いて振り返りまして。
手にした木の細枝を鞭にして、馬の腹を力いっぱい叩きます。

ピシッ、ピシッと乾いた音が宙を切る。
馬の腹には痛々しい無数のみみず腫れ。
芦毛栗毛の上からでもよくわかる。

馬はあまりの痛さに飛び退きまして。
その拍子にドサドサと瓜が音を立てて地に落ちる。
するト、石別がより一層腹を立て。
再び、馬の腹目がけて鞭を振りますので。

これではどんな暴れ馬でも、言うことを聞かざるを得ません。
こうして今まで何頭もの駄馬が、酷使に耐えかねて命を落としてきましたが。
非情の石別は、馬の亡骸を葬ってやることもいたしませんで。
道端に平気で捨ててくるようなむごい男でございました。

今、相棒を務めるこの牝馬だけは、何があっても決してへこたれはいたしません。
足掛け七年もの歳月を、この非情の男に捧げてまいりました。

主人の鞭が怖いからか。
もしくは、長年仕えた忠心からか。

とは言え、馬の七年は人間なら十五年や二十年で。
さすがに長年の無理が体に祟り始めている。
近頃では、頻りに息切れを起こしまして。
手綱を引かれても、立ち止まってしばらく動けないことが増えてきた。

「コレッ。この畜生め。早う歩かんかッ」

手綱を引かれて牝馬は、じっと主人を見つめておりましたが。
突然、両の瞳を潤ませたかト思いますト。
ツーっと二筋の涙が、馬の長い頬を伝っていきました。

「この畜生め。一丁前に涙なんぞこぼしおって」

石別はカッとなって、鞭を振り上げる。
ピシッと宙を切る乾いた音。
牝馬がヒヒンと悲鳴を上げた。

ト、その背後から――。

「これ。石別」

ト、不意に呼びかける声がある。




昂奮に赤く染まった顔で振り返りますト。
そこに、老いた僧侶が一人立っている。
色黒く長い顔に、不釣り合いな白い眉毛が伸びている。
汚い身なりをして、托鉢の途上でもございましょう。

老僧は牝馬をじっと見るト。
おもむろに片合掌をいたしました。

「糞坊主。人の馬に向かって何を拝んでおる」

石別は僧侶に食って掛かる。

「その鞭を捨てなさい。不孝者め」

僧侶も負けじと、なじるように言う。

「不孝者だと。おかしなことを言いやがる。俺が俺の馬を叩いたからと、何が不孝なことがあるものか」

するト、僧侶はますます厳しい目つきで石別を睨みつけまして。

「その牝馬を誰だと思う」
「馬は馬じゃ。この糞坊主め」
「そうではない。その牝馬はな」
「なんだ」

僧侶が一瞬、躊躇した。

「――二十年前に死んだお前の御母上様であるぞ」
「何を。お、おっ母だと――」

思いもかけぬ僧侶の言葉に、さすがの石別も驚きました。
鞭を握った赤茶けた手が、知らず知らずに震えている。

「でたらめを抜かして銭でも脅す気だな。ただではおかんぞ」
「でたらめではない。お前は今まで何頭もの馬を痛めつけては死なせてきた。そうであろう」

ト、見ず知らずの僧侶からズバリと言い当てられまして。
石別は思わず言葉に詰まった。

「お前の御母上様は、長らく泉下で心を痛めておられたのだ。馬たちに申し訳なく思い、自分が責め苦を一手に受けようと、わざわざ生まれ変わってこられたとおっしゃる。だが、もう体が続かぬと涙を流されておられるではないか。これが不孝でなくて何だという」

石別は僧侶の言葉を神妙に聞いておりましたが。
不意に何やら胸にふつふつと湧き上がってきたかのように。
徐々に不敵な笑みを浮かべますト。

「ふん。こいつが俺のおっ母か。そりゃあ、いい」

ト、鼻をひとつ鳴らしました。

――チョット、一息つきまして。

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