どこまでお話しましたか。
そうそう、婚家から逃げ出した娘をかくまった王某が、女の誘惑に堕ちていくところまでで――。
王には陳氏から娶った妻がある。
これは才色兼備を絵に描いたような。
賢妻ト申すべき女人でございましたが。
それでも、女である以上嫉妬をする。
やがて書院に娘を匿っていることが。
この賢妻の知るところトなった。
ところが、そこは賢妻。
並の女のように、下品に声を荒げたりナドいたしません。
「それで、どの家から逃げてきたのです」
ト、こう聞いた。
「いや、よほどの大家だとは聞いたが、よく知らない」
「それでは一刻も早く追い出しておしまいなさい」
「いや、それは――」
「仮に然るべき家柄の妻妾などでもあったなら、匿っている私たちが罪に問われます」
それももっともではございますが。
王はいまさら可愛い娘を手放す気にはなれません。
どうしようどうしようト。
どうにも腹を決めかねたまま。
王は気晴らしに街へ出た。
「これ、待ちなさい」
不意に呼び止められまして。
振り返ると、そこに道士がひとり立っている。
「なんとも。これほどまでの妖気も珍しい」
「なんのことです」
「貴公、近頃、妙な出遇いがございましたろう」
「え、いや、その――」
痛い腹を突かれまして。
王はしどろもどろになる。
「隠しても無駄だ。命が惜しからば、すぐに手を切りなさい。こら、待ちなさい――」
咎められれば咎められるほど。
哀れな娘が愛おしくなる。
いつまでも匿ってやりたくなる。
「なに、イカサマ道士が金をせびろうというのだろう」
王は娘の待つ書院へと駆け戻る。
門に手を掛けて、ふと妙に思った。
中から錠が下ろされている。
オヤと思って裏へ回り。
門壁をよじ登って中へ入った。
書院の戸も固く閉じられている。
「あの娘、なにをしているのだろう」
嫌な胸騒ぎを抑えながら。
庭へ回って植え込みの陰へ。
そっと屋内をのぞいてみるト。
「ヤッ――」
我が目を疑った。
娘の部屋にいるのは人ではない。
青黒い顔のカラカラと干からびて。
鋭い牙を鋸のようにズラリと並べた。
おぞましくも凄まじい妖物が一体。
寝台になにやら大きな革のようなものを広げている。
「あ、あれは――」
卒倒しかけたのも無理はない。
広げているのはただの革ではない。
明らかにそれは人の体から剥いだ皮で。
透き通るように薄い人の皮の裏が。
乾いた血で固まっているのがよく分かる。
青い顔の妖物は。
広げた皮を前にして。
筆をさらさらト走らせていた。
「顔だ――」
まるで筆先に鬼神の宿るが如く。
妖物の走らせる絵筆の先に。
例の娘の顔がみるみるト浮かび上がった。
妖物は満足げに筆を置く。
しばらく見入った後で、やおら皮を手に取るト。
さっと目の前でひるがえす。
頭からすっぽり皮をかぶるト。
あっという間に、かの娘の姿に化けおおせた。
――チョット、一息つきまして。