どこまでお話しましたか。
そうそう、入内予定の女を奪って去った業平が、無人の倉に女を連れ込んだところまでで――。
業平は着物を脱ぎ捨てて。
女の傍らにひたト寄り添う。
そうして長い黒髪に。
そっと手を掛けましたそのときに。
ピカッと突然の稲光りが。
夜陰を切り裂き、戸を突き抜けて。
一刹那、白日下のごとくあたりを照らし出した。
ゴロゴロゴロ――。
続けて轟く、大雷鳴。
ト、その轟音に紛れるように。
聞こえてくるのは妖しい声。
ケラケラケラケラケラ――。
闇の中の四方八方から。
カタカタカタカタカタ――。
何者かのあざ笑うような声が。
クトクトクトクトクト――。
ふたりを取り囲むように響き渡る。
「な、何者――」
業平は、すわト立ち上がり。
太刀を抜いて声に立ち向かう。
ケラケラケラケラケラ――。
カタカタカタカタカタ――。
クトクトクトクトクト――。
が、姿はどこにも見当たりません。
ケラケラケラケラケラ――。
カタカタカタカタカタ――。
クトクトクトクトクト――。
カッ、カッとふたたび稲光り。
閃光の中に、その刹那。
大きな目玉が確かに見えた。
中将、太刀を振り回し。
切って切って切りまくる。
が、刀は宙を切るばかり。
ケラケラケラケラケラ――。
カタカタカタカタカタ――。
クトクトクトクトクト――。
ピカッ、ピカピカッとみたびの稲妻。
閃光の中に現れたのは。
大きな二本の鋭い牙。
ガリガリと音を立てて歯ぎしりする。
業平は大粒の汗を流し。
それこそモノに憑かれたように。
あちらの闇、こちらの暗がりト。
手当たり次第に切りつけますが。
手応えはまるでございません。
そうする間にも、かのモノの声は。
ケラケラケラケラケラ――。
カタカタカタカタカタ――。
クトクトクトクトクト――。
ト、笑い続けている。
閃光がピカリと瞬くたびに。
大きな目玉が、牙が、毛が。
光の中で男をあざ笑っている。
男はもう精も根も尽き果てて。
床にドタリとくずおれた。
次第に、雷鳴は遠のいていき。
稲光もやんで、ふたたび闇トなる。
もはや動く気力もございません。
やがて夜が明けていき。
あたりがうっすらト見え始めたとき。
ようやく中将はふと気がついた。
そういえば、この女――。
これほどの騒ぎのさなかにも。
やけに静か過ぎはしなかったか。
振り返るト、そこには女の着物が。
元の通りに臥せっておりましたが。
その着物の中を覗いてみますト。
女の姿はございません。
ただ、見覚えのある長い黒髪だけが。
着物の上に広がっている。
黒髪をつまみ上げてみますト。
持ち上がったのは、女の頭がひとつ。
わざもののごとき鋭い切り口からは。
赤黒い血がダラダラ垂れていた。
おそるおそる業平は。
死首をくるりトこちらへ回す。
ト――。
瞳は静かに閉じておりましたが。
その口はまるで大笑いをするように。
左右に大きく裂けていたという。
そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。
(「今昔物語集」巻二十七第七『在原業平中将女被噉鬼語』及ビ、「伊勢物語」第六段(通称『芥川』)ヨリ)