こんな話がございます。
唐土(もろこし)の話でございます。
淮河と長江に挟まれた宣城の地は。
かつて戦乱に巻き込まれたことがございまして。
人々は取るものも取りあえず、四方へ離散する。
土地は踏みにじられて、ペンペン草も生えない有様トなりました。
さて、その頃のこと。
さる百姓家に一組の若い夫婦がおりましたが。
夫は兵士に取られたまま帰ってこない。
身重の妻は大きな腹を抱えて、ひとりで家を守っている。
ところが、戦とは無情なものでございます。
ある日、敵軍の兵士たちがこの村へなだれ込み。
命乞いする人々を、容赦なく殺してしまいました。
難を逃れた者たちが帰ってくるト。
この家の妻が、大きな腹を守るようにして。
土間に倒れ込んでおりました。
「いけない。もう死んでる」
「可哀想に。お腹の子だけでも生かしてやりたかったが」
隣家の者たちは哀れに思いまして。
この女を村の廟の裏手の墓地に葬ってやった。
それから一日が過ぎ、二日が過ぎ――。
三日目の晩を迎えた頃から怪異が起こる。
「おい。あそこに見えるのは何だ」
「何だか、あそこだけ明るく照ってるように見えるな」
廟に近い民家から。
暗闇にぽおっと見える仄かな灯り。
ひと気のない墓場の草陰に。
赤い火がゆらゆら蠢いている。
「今、何か聞こえたろう」
「聞こえた。何か、甲高い声が――」
風にさらさらト草むらが揺れる。
そのさざめきに紛れるようにして。
赤ん坊のオギャアオギャアと泣く声が。
乳を求める子の声が――。
村から一里離れた町に。
餅屋が一軒ございましたが。
ある時から日暮れ時になるトこの店に。
妙な女が通ってくるようになった。
「あの――」
「――はい」
ト、振り返るト。
白い衣に黒髪を長く垂らした陰気な女が。
赤児を胸に抱いて外に立っている。
「どうしなすった」
店の主人はその陰鬱さに気圧されまして。
窺うようにそう尋ねてみますト。
「あの――この子に餅を一枚くださいまし」
赤児は死んだように眠っている。
石仏のように微動だにしません。
主人はますます訝しく思いまして。
「それはいいが、お金はちゃんと持ってるだろうな」
「はい――」
ト、確かに金を渡されましたので。
餅を一枚売ってやりましたが。
それから毎日のように、日が暮れた頃を見計らって。
赤児を抱いた陰気な女が通ってくる。
主人も気味悪く思っていたところへ。
ふと、女の出した金を改めるト。
いつの間にかそれが、紙銭に化けていた。
――チョット、一息つきまして。