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亡者が女の首をねじる

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こんな話がございます。

これはとある高僧が、まだほんの小僧さんだった頃に体験された話でございます。
仮に名を西念とでもしておきましょうか。

この西念さんは、当時、西国のとある禅寺で、和尚について修行しておりました。
ある日、近くに屋敷を構える武士の倅がやってまいりまして、和尚に申しますことには。

「実はこのたび、父が病で亡くなりました。あまり大きな声では申せませんが、その病といい、死に様といい、少し尋常でないところがございまして。和尚様直々に読経をしていただきたく、参った次第でございます」

尋常でない、という物言いに、幼い西念さんは大いに震えたと申します。
ところが、師の和尚は全く動じることなく、「分かりました」と頷いた。

「我が寺でも選りすぐりの僧を、十二名連れてまいることにいたしましょう」

この時、西念さんは恐ろしくもあり、嬉しくもあったと申しますが。
それは、選りすぐりの十二名の中に西念さん自身も含まれていたからで。
尋常でない死に方というのが、どうしても気にかかった一方で。
ようやく師に認められたという、感慨もあったのでございます。

さて、十二名の僧侶たちは、師の和尚の後について、武士の屋敷にやってまいりました。
死人(しびと)はすでに棺に収められております。
和尚が棺に正対し、弟子の僧侶がその左右に座ります。

西念さんは和尚のすぐ右隣に座しました。
ト申しますのも、実は棺というものに相対するのはこれが初めてで。
どうしても怖いので、年長の兄弟子に頼み、座を譲ってもらったのでございます。

座敷には武士が数人、いかめしい顔つきで座っております。
部屋を警護しているのでございましょうから、心強いのは心強い。
だが、それでも西念さんは、やはり棺の中の死人が怖い。

やがて読経が始まりましたが、これは一晩ぶっ通しで行います。
夜が更けるに従って、武士の中でも眠そうな顔をする者が現れる。
一人二人と、コックリコックリ、白河夜船を漕ぎ始めました。

西念は気が気でございませんので、船を漕ぐどころではございません。
むしろ、武士たちに起きていてもらわないと困ります。
ところが、その願いも虚しく、三人四人と、次々に居眠りを始めました。




そればかりではございません。
ふと、左右を見渡しますと、仲間の僧侶たちも何人か、正座したまま寝ている者がある。
荘厳だった読経の声も、一人二人と減っていくので、徐々に小さくなっていく。

心細い思いで、西念は和尚にさりげなく身を寄せました。

「或遇悪羅刹、毒龍諸鬼等、念彼観音力、時悉不敢害――」
――たとえ悪羅刹、毒蛇、鬼神らに出くわそうとも、観音力を念ずれば、ことごとく害をまぬがれよう。

これは、観音経の一説でございます。
和尚の声が高らかに響き渡ります。
西念も頼もしい師にすがるように、声を合わせて読誦します。

三人、四人――。
五人、六人――。

仲間たちが次々と眠りにおちる。
武士たちはとうに全員が眠りこけています。
いつしか、残るは和尚と西念の声だけとなった。
――ト。

「衆生被困厄、無量苦逼身、観音――妙智――力――、能――救――世――け――。世間――けん――く――。――」

ついに和尚までもが眠ってしまった。
起きているのは西念一人。
しいんと辺りは静まり返っている。

それを待っていたように、棺がめりめりと音を立てました。

――チョット、一息つきまして。

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    ふむ。浅ましいものですな。愛執を拗らせ病ませた人間というのは何とも言葉にしづらいものです。