こんな話がございます。
平安の昔の話でございます。
讃岐国は多度郡のとある里に、源太夫ト申す者がおりました。
この男の気性の猛々しいことを譬えますト。
常に鼻から火焔を噴き出しているかの如きでございまして。
この男の生業(なりわい)はト申しますト。
他に何が出来ましょう――殺生をして暮らしているのでございます。
毎日、朝から晩まで、山に入っては鹿や鳥を射(い)殺し。
海や川に入っては銛で魚を突き殺す。
ただそれだけならば、これは猟師漁師の類でございますが。
この男の殺生は、生きとし生けるもの全てに及びますので。
人の首を斬り、手足を折らぬ日はないという有様でございます。
里の者は、みなこの悪人を心底恐れておりました。
ギューッと引き絞った矢が、獣の土手っ腹にズブリと突き刺さる音。
瞬時にパッと吹き出す鮮血の赤い霧の色。
手探りで差し込んだ銛が、魚を捉えた手応え。
たちまち赤く濁る水のおもて。
山道で出くわした旅人に刀で斬りかかった、その感触。
断末魔の叫びを上げながら、この世にしがみつきつつ、息絶えるその表情。
これら生き物の死にゆく光景の一つ一つが。
この男に生の実感を与えているのでございます。
こうなるともう、この男にとりまして殺生トは。
生業というより、生得の業ト申すよりほかございません。
時々、源太夫もふと考えることがございます。
どうして俺は他者の死をもって、己の生を噛み締めているのだろうか。
悪人ながら、不思議でならない時がある。
しかし、それを考えますたびに。
源太夫は袋小路に迷い込んだ心持ちになってしまい。
再び、生き物の生を奪うことによって。
なんとか心の平静を保っているのでございました。
そんな源太夫でございますが。
これまでに最も多く命を奪った生き物はト申しますト。
それは他ならぬ法師でございます。
この男にとって、法師ほど世の中で憎いものはございません。
法師というやつは、出くわすたびに、きっと必ず。
源太夫を、あの暗く先の見えない袋小路へ、追い立てます。
では、その日はいつもと何が異なっていたのかト申しますト。
源太夫は、四、五人の手下たちを連れて。
ちょうど、山から降りて来たところでございました。
手下たちの背や手には、捉えた獲物がどっさりとある。
ひとり、馬に乗って先を行っていた源太夫は。
いつしかまた、例の袋小路に迷い込んでいた。
ふと、頭を上げると、前方に堂がございました。
これまで見たことがないほどの人が、大勢寄り集まっている。
「あれは何をしているのだ」
「講を行っているのでございます。つまり、仏の経を説いているのでございます」
「どうして、あんなにたくさんの人間が集まっている」
「奴らにとっては、貴い御教えに聞こえるのでございましょう」
たちまち、源太夫が憤怒の表情を露わにする。
やにわに馬から飛び降りますト。
堂に向かってズシリズシリと歩いて行きました。
堂の庭先におりました人々は、かの悪人が突然現れましたので。
みな、恐れをなして、騒ぎ出しまして。
まるで風に草がなびくように、押し分けられて道を空ける。
腰の刀を抜いた源太夫が、ずんずんと講堂に入って行きまして。
ついに、高座にいた講師の僧の目の前に現れました。
「貴様もまた、聞いたふうなことを抜かしてやがるのか。俺が納得するようなことを一つでも言ってみろ。さもなくば、この場で斬り捨てるぞ」
源太夫は刀の先を、講師の目先に突きつけた。
講師はガクガクと震えだす。
――チョット、一息つきまして。