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漆固めの妻

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こんな話がございます。

ある村に若い夫婦がございました。
美しい妻に、優しい夫。
その上、代々続く名家だという、ケチのつけようのない幸せな夫婦。

そんな我々凡夫の嫉妬が、天に届いたのかどうかは知りませんが。
二人に転機が訪れましたのは、ある年、妻が病に倒れたそうで。
必死の看病も虚しく、ついに臨終の時を迎えることとなりました。

妻が枕辺の夫を見上げます。
キッと見つめる。涙がつーっと筋をなす。
冷たくなりゆくその小さな手を、夫が思わず固く握る。

「ねえ、お前さん」
「――何だい、そんな顔をして」

トハ、言いながら。
何を言わんとしているのか、分かるところはやはり夫婦で。

恨めしそうな眼差しで、妻が夫を見つめます。

「お前さん。私が死んだら、いい女(ひと)をまた貰うんでしょうねえ」
「馬鹿を言うんじゃない。決して貰わないよ」

ト、ここまではお定まりで。
これで終われば、申すことはございません。
これが本当に恐ろしいことには、妻は続けてこう言ったという。

「それなら、お前さん。私が死んだら――」

思わず身を起こそうとする妻の執念。

「腹を十字に切り裂いて、臓物をみんなえぐり出してしまってくださいな」
「――ナニ」
「代わりにねえ、――もち米をお腹に詰めてほしいんですよ」

思わぬ申し出にさすがの夫もゾッとした。
妻の願いはまだ続く。

「死に装束は要りません。死骸を全身、裸に剥いてください。まだ紅さすうちにねぇ、この肌に漆を塗り込めてほしいんです。そうして裏の持仏堂に、私を仏様と思って祀ってくださいな」

――いつまでも、そばに置いてほしい。

それが妻の願いだったのでございましょう。

ところが、もっと恐ろしいのがこの夫で。

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「よし、わかった、案ずるな」
ト、請け合ったのだから恐ろしい。

これが夫婦の情だというのなら、情ほど恥ずべきものはございませんナ。

そして、翌日。
妻の口から魂が、白い吐息となって消えてゆきました。

夫も躊躇いはしましたが、紅さすうちというのはそう長くない。

「ヤッ」と腹を十字に切り裂いて、はらわたをすっかり取り出します。
ト、両の手はすっかり血に染まっておりまして。

やがてもち米が炊き上がる。
血まみれになった真っ赤な手。
握っては腹に詰め、握っては腹に詰め。
ようやく愛しい妻の腹に、弾力が戻ってはまいりました。

妙に温かいその肌に、漆を幾重にも塗り込めます。
塗っては乾かし、塗っては乾かし。
そんな不気味な人形作りが、果たして幾日続きましたろう。
黒い裸身に、紗の着物。

南無観世音菩薩とか、南無愛染明王とか。
どんな仏名を唱えたのかは存じませんが。

漆黒に塗り固められた妻の亡骸。
とは言え、今にも喋り出しそうな。
それを朝な夕なでございます。
懇ろに礼拝の日々が続きました。

心を痛めたのは村の衆で。
まだお若いのにご大家(たいけ)様が、あんな有り様ではお可哀想だ。
そうではないか。なあ、みなの衆。

ト、額を寄せて相談ずくで。
隣り村から嫁がねを連れて参りました。
これがまた一段と若く、可愛げな娘でございます。

無論、夫には秘仏がある。
なかなか首を縦に振りません。
ところが、それ、そこが情と申すもの。
村の衆に押しかけられて、三日三晩のお説教でございましょう。

貴方はご大家の当主なのだからとか。
これも前妻への供養になるのだとか。
この娘もほれ、どことなく顔立ちが似ておりましょうとか。

様々に因果を含められた末に、ついに押し切られるようにして、若い娘と祝言をあげる運びとなりました。

――チョット、一息つきまして。