::お知らせ:: 画師略伝 葛飾北斎 ―画狂老人は一処に安住せず― を追加しました
 

土蜘蛛

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こんな話がございます。
頼光(らいこう)とその家来の話でございます。

その頃、都では藤原道長が権勢を誇っておりましたが。
こと、武勇においては、何と言ってもこの源頼光が第一で。
それもそのはず、ト申しますのは。
初めて侍を家業にした、摂津源氏の二代目です。

大江山の酒呑童子を退治したのもこの頼光なら。
その家来の茨木童子を退治したのもこの頼光で。
配下に四天王と呼ばれる家来を従えておりましたが。
それがすなわち、渡辺綱(わたなべのつな)、坂田金時(さかたのきんとき)―金太郎でございますナ―、碓井貞光(うすいのさだみつ)、卜部季武(うらべのすえたけ)。

さて、そんな豪傑の頼光ではございますが。
ある時、重い病のために床に伏せるようになりました。
当時のことですから、何の病かは分かりません。
今日明日にも命を落とすようなものなのか、すぐに本復するようなものなのか、それすらも分からない。
その頃は、病といえば怨霊や鬼、または祟りのせいと相場は決まっておりました。

さしもの豪傑も、もはやこれまでかと心細い思いで伏せっておりますト。
従者が何か伺いを立てる声が聞こえてまいりました。

「胡蝶どのが典薬の頭(かみ)よりお薬を持ち帰ったとのことでございますが」

(胡蝶――。さて、どこかで聞いたようではあるが)

頼光は熱にうなされておりましたから、にわかにその名を思い出せません。
薬を持ち帰ったと言うのですから、侍女の一人でもあろうと考えまして。

「通せ」
ト、命じますト。

しばらくして現れたのは、思いもかけず美しい娘で。
年の頃は十五、六でもございましょうか。
伏し目がちにして、頼光の床へ静々と近づいてまいります。

「ご用命のお薬を、典薬の頭よりいただいてまいりました」
ト、一言目は畏まって申しましたが。

「お加減はいかがでございます」
ト、続けた二言目は、妙に優美で、また艶めかしい。

なるほど、こんな女がいたような気もする。
ト、頼光はしばし女の顔を見つめております。

「心も体も弱り切った。今はただ死ぬのを待つばかりだ」

豪傑に似合わぬ弱音がつい漏れました。

「殿様ともあろうお方が、何を気弱なことをおっしゃいます。病は気からと申すではございませぬか。療治で治った例(ためし)はいくらでもございます。さあ、お薬をお飲みなさいませ」

ト、年端もゆかぬ小娘ではございますが。
殊勝な口ぶりで包みを広げるその横顔。
それがまるで、懐かしい乳母のようにも思われまして。
ふと、抱き寄せようと手を伸ばしましたが――。
途端にその姿は霧のようにぱっと消えてしまいました。

「胡蝶――」
ト、呼びかける声が虚しく寝間に響きます。
頼光は虚空に伸ばした腕を寂しく収め、静かに瞼を閉じました。




「頼光殿。お加減はいかがでござる」

やがて、不意にそう問われて、眼を開けますト。
寝間の片隅に影がチラチラ揺れている。

「何者ッ」
ト、夜目を凝らしてみますト。
どうやら姿は法師のよう。
だが、これもまるで見覚えがございません。

「こんな夜更けに何用だ。名を名乗れ」
「これはまた愚にも付かぬ事を仰る。お加減が悪いと聞いてやってきたのでござろうが」

ト、その返答が実に横柄で。

「エエイ、何者だ。来るな。近づくなと言うに」

頼光も不気味に思って手で払おうとしますが、法師は一向に気にしない様子。
ズズッ、ズズッと、こちらへにじり寄ってくる。
口に古歌さえすさびます。

「わが背子が 来べき宵なり ささがにの――」
「――蜘蛛の振る舞い かねて著(しる)しも。……ムムッ」

これはいにしえの衣通姫(そとおりひめ)が詠んだ歌。
ささがには蜘蛛の古名。それが笹が根と掛かっている。
笹の根に蜘蛛が這っているのを見て、今宵はあの人がやってくるだろう。
という、呑気な恋の歌でございます。

今でも「朝蜘蛛は験がいい」とか、反対に「夜蜘蛛は験がいい」などと申しますが。
これもそのたぐいでございまして。
元は、蜘蛛が衣につくと来客がある徴という、唐土(もろこし)の俗信だそうでございますが。

ところが、これはとんだ来客で。
にじり寄るその法師を、じっと目を凝らして見てみますト。
これは法師の姿を借りた大蜘蛛。
紛うことなき化生の者にございます。

見破られたその途端――。
蜘蛛がパッと千条(ちすじ)の糸を放ちました。
ネバネバとした糸が絡み合い、頼光をがんじがらめにしようとする。

悶える頼光。
ト、その時――。

目に入ったのは一振りの刀。
源氏相伝の名刀膝丸が、枕元で光っている。
頼光は化生の者の魔の手から、這いつ這いつしてなんとか刀に手を伸ばし、さっと鞘から抜き払った。

白刃一閃――。
飛び散る血しぶき――。

ふと見ると、法師は姿を消しておりました。

――チョット、一息つきまして。

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