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もう半分

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どこまでお話しましたか。
そうそう、居酒屋に大金を忘れていった爺さんが、おかみにねこばばをされ、肩を落として店を出て行ったところまでで――。

「おい、やっぱり返してやろうよ。聞けば可哀想な爺さんじゃねえか。ごみと間違えて屑籠に放り込んでありましたと、俺が言ってきてやるからさ」
「余計なことをするんじゃないよ。せっかく追い返したんじゃないか」
「それでも、お前」

ト、主人は爺さんの寂しそうな後ろ姿が気にかかってなりません。
ちょっと様子を見るだけだからと、女房を言い聞かせて、爺さんの後をつけていきました。

爺さんはとぼとぼ肩を落として歩いております。
やがて千住大橋に差し掛かりました。
一度しゃがみこんでまた立ち上がると、袂に手を入れて何かごそごそ探っているよう。

「しまった。やっぱり」

主人は慌てて駆け出していく。
爺さんは着物の袂に石を詰め込んでおります。
主人が「待て」と叫ぶ。が、もう振り返りもしません。
両手を合わせると、欄干を乗り越え、川へドボンと飛び込んでしまった。

ザーーーーーーー―ッ。
ト、突然、篠突くような激しい雨。
あと一歩というところで、主人は爺さんを死なせてしまいました。

それから間もなく、夫婦はその金を元手に新しく店を出しまして。
なかなか繁盛しておりましたが、そのうちに女房が臨月を迎えました。
大店の跡継ぎですから、奉公人たちも楽しみにしておりましたが。

生まれた子どもを見て、誰もが言葉を失いました。
子は生まれながらに歯が生えている。
赤子とはいえ皺だらけの顔で、頭には髪が、それも白髪です。
目玉はギョロッと大きく。

「じ、爺さんだ」

ト、主人が声を震わせたのも無理はない。
赤子の目が母に向かってギョロリ。
お産疲れの女房は、ギャッと一声上げたきり、そのまま命を落としてしまいました。

慌ただしく弔いを済ませましたが、赤子の方は至って元気に育ちまして。
あまり元気すぎたのか、雇った乳母がみなすぐにやめてしまう。

「乳を歯で噛むんだろう」
ト、主人も後ろ暗いところがございますから、何気なく聞いてみますと、そうじゃない。

恐ろしい、あまりに恐ろしい。こんなことは口では言えない。目の前にあの姿が甦るようで恐ろしいから、とてもじゃないが言えません。そんなに知りたければ、旦那様、ご自分でご覧になってくださいませ。




ある乳母が去り際にそう申しましたので、主人はその晩から赤子と二人で寝ることにした。

白髪頭に歯まで生えてはおりますが、それでも我が子には違いない。
親の因果が子に報いて、こんな姿に生まれはしましたが、当人に罪はございません。
布団を二組敷きまして、妙に苦みばしった我が子を寝かせますト、横に並んで眠りました。

赤子はすぐにすやすやと寝息を立てまして、特に変わったところもございません。
寝顔を覗き込んでみますと、それはもう安らかそうに眠っております。
みな、見た目のために何か思い込みでもしているのだろうト。
そう思って安心し、再び横になりました。

何事もなく夜は更けていき、うとうとしているうちに、眠りに落ちた。

ト、――。

ボーン。

遠寺から鳴り響いてきたのは八ツの鐘で。
いわゆる丑三つ時でございます。
主人がハッと目を覚ますと、隣に寝ていた我が子がいない。

夜の闇の中を見回していると、部屋の片隅でがさがさと音がする。
夜目を凝らしてじっと見ると、いつのまにか我が子が行灯のそばに座っている。
手には灯し油の油皿――。
それを口に当てて、まるで盃を干すような仕草をする。

「おい、お前。それは――」

ト、主人が驚いてやめさせようとしますト。
赤子はゆっくり振り返り、皿を差し出して言ったという。

「もう半分」

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(落語「もう半分」ヨリ)

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