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夫婦岩

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どこまでお話しましたか。
そうそう、ならず者の夫、甚兵衛が、瓜と我が子の入った籠を持って外へ出て行ったところまでで――。

おカネが厠から帰ってくると、ヒコを寝かせた瓜の籠が見当たりません。
まさか、人さらいにでも連れていかれたのではないか。
さてまた、野犬にでも咥えられていったのではないか。
ト、気が気でないのは、いつも夫を責めてばかりいた手前でもございます。

さしもの大女も、ゾッとする思いで、額に冷や汗を滲ませました。

その時、ふと心に一筋の光明が差し込みましたのは。
ならず者の夫、甚兵衛が、食い気に走って籠ごと持ち去ったのではないか、トいう考えで。
そうだとすれば、わけはありません。
むしろ、そうであってもらわないと困ります。

おカネは神にもすがる思いで、裏山を駆け上がって行きました。
ト申しますのも、よく夫が崖の上の大岩に腰を掛けて、酒を呑んでいたりすることがあるからで。

山道を息を切らせて登っていくと、やがて崖が見えてくる。
大岩の上に甚兵衛の姿を見つけた時、ようやくおカネは救われた気持ちになりました。
案の定、呑気に景色を眺めながら、瓜をぱくついております。

「ヤイ、でくのぼう。その瓜はな、ヒコのために採ってきたんだ。お前みたいな甲斐性なしに食わせるために採ってきたんじゃない。さっさと降りてこい」

ト罵りましたのも、自責の念から解き放たれた気の緩みによるもので。

甚兵衛は甚兵衛で、ヒコが起きたら遊んでやろうと、今のうちに腹ごしらえをしているつもりでしたから。
突然そんなふうに毒づかれまして、またムラムラと腹がたってくる。

「何を。この鬼婆め。どうせ独り占めするつもりだったんだろう。瓜なんぞくれてやる。さあ、食らえ」

ト怒鳴りつけると、崖の下の女房に向かって瓜を力いっぱい投げつけた。
ベチャッと音を立てて、熟した瓜がおカネの顔で潰れます。
おカネもすっかり頭に血が上る。石を投げつけて応戦します。
甚兵衛はもう籠の中も見ずに、怒りに任せて瓜を投げつけてくる。

「この糞婆ァ。いつも人を馬鹿にしやがって」
「馬鹿にされるような男が何を言いやがる」

カッとなって甚兵衛は、思わず籠ごと瓜を投げつけた。
ト。

「あっ――」

二人の表情が同時に凍りつきました。

可愛いヒコを寝かせた籠が、今、宙を飛んでいく。
籠がぐるん、ぐるんと二度回る。
中から寝ていた我が子がぱっと飛び出していく。
その様が、二人にはとてつもなく長い間に感じられた。

その瞬間は、二人とも目をギュッと閉じてしまい。
さすがに見るには忍びなく。
それだけにかえって、様々な地獄絵図が胸を飛来いたします。

それからというもの、怒りも憎しみも、もうどこかへ消えて失せまして。
ただ嘆きと悔みだけが、ずしりと夫婦に残されました。
二人は毎日を泣いて暮らしておりましたが。

ある時、思い立ちまして、村の鎮守の神のもとへお参りに出掛けました。

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「神様、どうかお助けください。私達にとってはあの子だけが生き甲斐です。己の罪の報いであることは、二人とも百も承知です。どうかお助けください。どうかお助けください――」

夫婦は涙を流し、地を這いつくばって、神に救いを求めました。

その心がやがて天に通じましたのかどうか。
二人の耳にこんな言葉が聞こえたという。

「死せる命は二度と戻らぬ。この社の下の谷にある二つの大岩を、夫婦で力を合わせ、ここへ運んでみよ。一生涯を費やしても叶わぬことかもしれぬ。だが、それこそ死んだ子どもへのせめてもの償いと知るがよい」

ハッと谷底を覗き込んで、夫婦は愕然といたしました。
確かにそこに大岩が二つある。
しかし、それは岩というよりも、二つの崖が並んで聳えているようなもので。

それでも二人は互いに顔を見合わせますと、黙って頷き合いました。

来る日も来る日も、二人は大岩を懸命に押し続けます。
トいって、大岩は無論、びくともしない。
それでも毎日懸命に押し続けているうちに、幾年かの月日が流れました。

二人の髪は長く伸び、爪も獣のように伸びました。
そればかりか、歯は牙のように鋭く尖り、その姿はまさに鬼のよう。
ト、これは夫婦を不憫に思った神が、密かに二人に鬼神の力を与えたもので。

もはや二人は、目の前の岩を少しでも動かすことしか頭にない。
自分たちがかつて、我が子の命を奪ったことさえも、徐々に忘れてゆきました。
そしてもう、二人とも人間らしい心を失ってしまった時――。

突然、目の前の大岩が、まるでつぶてのように軽く感じられ。
勢いに乗って、社の境内へポーン、ポーンと飛んでいきました。
するト、女房の投げた岩に、神が子どもの姿を彫り刻みまして。

「これを我が子と思い、生涯、慰霊を続けよ。村の者が鬼の姿を怖がらぬよう、山に籠もって子を想え」

夫婦だった二人の鬼は、そこでハッと思い出しました。
この大岩の重みより、よほど重い我が子の命を、自分たちは奪ったのだト。
再び人間らしく涙を流しながら、二人は鬼の姿で山の奥へ隠れていったと申します。

今、この地を「木の村」ト申すのも、元は「鬼の村」にちなむという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(備中ノ民話ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    何ともやるせないお話でした。
    現代では子供ネタはタブーが多く、決まりきった形しかない中で、ある意味新鮮でございました。

    • onboumaru より:

      コメントありがとうございます。
      初アクセスに初コメントまでいただき、恐悦至極に存じます。
      これからも何卒よろしくお願いいたします。