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笑う女 嬰寧

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どこまでお話しましたか。
そうそう、笑い上戸の娘に恋した王子服が、従兄の嘘を真に受けて、娘を山中に訪ねて行ったところまでで――。

「嬰寧(えいねい)や、嬰寧や。こちらに来なさい。お前のお従兄(にい)さんが訪ねてまいりましたよ」

呼ばれて、部屋の外からカラカラと笑い声が近づいてくる。
やがて扉が開いて、嬰寧が笑いながら入ってまいりました。
口元に手をやり、笑い声を抑えていますが、あまり効果はありません。

「実は、本当の娘ではないのです。妾が産んだ子でしたが、すぐに私にあずけて他家へ嫁いでいきまして。私のしつけが行き届いていないせいでしょうが、こんな風に子どもっぽくて困っているんですよ」
「しつけ――。子ども――。ハハハハハ――」

ト、箸が転んでも可笑しいという年頃ではありますが、チョット度を過ぎている。

「それで、あなたはご結婚は」

老婆が甥に尋ねましたので、子服は声を上ずらせて答えました。

「それが、まだなんです」
「そうですか。あなたのように聡明そうな若い方が。いとこ同士でなければ、この子を嫁がせたいくらいですが」

子服は頷く気にもなれず、黙って嬰寧を見つめました。
従妹とは言え、妾の子なら血は繋がっていない。
ト、その視線に気づいて、嬰寧がまたカラカラと笑う。

「こ、この人――。またこんなにじっと私を見て――」

お腹を抱えて笑うので、子服もいたたまれません。
耳まで真っ赤にして恥じ入りました。
その様子に老婆が目敏く気づく。

「せっかくこうしてお会いできたのですから、四、五日泊まっていらっしゃい。いとこ同士、仲良くしたらいいでしょう」

翌日、子服は伯母である老婆に勧められて、庭を散策しておりました。
大きな木が美しい花を咲かせております。
その花の下まで来た時、例の愛しい笑い声が聞こえてきた。
見上げると、木の股に腰を掛けて、今にも落ちそうなほどに笑い転げています。

「危ない。そんなに笑っていると、落ちますよ。あッ――。そら、言ったことじゃない」

勢い込んで、娘は子服の胸元に飛び込んだ。
その拍子に笑い声がやんで、ようやく静かになりました。
子服は嬰寧を抱き寄せると、袖の中から梅の枝を取り出した。
ところが、嬰寧にはまるでピンとこない様子で。

「こんな萎れた花をくれてどうするの」
「これはあの晩、あなたが落としていった梅の花です。ずっと忘れられず、病にまで陥りましたが、こうして再会することが出来ました」
「なんだ。それならそうとおっしゃってくれればいいのに」

ト、嬰寧が不思議そうに言いました。

「庭にいくらでも生えてますから、帰りに好きなだけ持ってお帰りなさい」
「いや、私が言っているのは花のことじゃなくて――。つまり、あなたが好きだということです」
「だっていとこ同士なんですから、好きなのは当たり前でしょう」
「いや、だから、いとことしてではなく、夫婦になりたいということです」

子服もだんだん焦れてくる。

「いとこと夫婦じゃそんなに違うんですか」
「違いますよ。いいですか。夫婦は夜、一緒に寝るのです」

ト、妙なやり取りがあったもので。

そこへ下女がやって来ましたので、子服は慌てて取り繕って去りました。
さて、昼食となりまして、伯母と子服、嬰寧が卓を囲んで食事をします。

「子服さんが私と一緒に寝たいんですって」

と言うと、嬰寧はまたカラカラと笑う。
一旦笑い出すと、食事も喉に通りません。
もっとも、喉に通らないのは子服にしても同様で。

一方、子服の母は我が子が行方知れずとなって、慌てています。
甥の呉から話を聞き出し、もしやと思って、西南三十里の山中へ二頭の驢馬を送り込んだ。
子服は家から迎えが来たので、伯母にそれを知らせます。

「嬰寧や。いい機会だから、お従兄さんと一緒に叔母さんの家へ行っておいで。叔母さんがいい花婿を探してくれるだろうから」




ト、嬰寧を同行させたのは、おそらく子服の心を察していたからでございましょう。
ところが、家に着くと、母親は青ざめておりました。
子服一人を呼び寄せて、肩を掴んで説き伏せます。

「いいかい。お前の従兄が言ったことは、全部でたらめだったんだよ。私には姉なんていない。お前の従妹なんて聞いたことがない。一体、あの子は何者なんだい」

すると、部屋の外で話を聞いていた嬰寧が、笑いながら入ってきました。

「でも、叔母さん。秦という家にお嫁に行ったお姉さんが一人いるでしょう」

突然、そう言われて子服の母も驚いた。

「確かに、姉は秦家に嫁いだけれど。でも、もう死んで数十年になるし――。それに姉は死ぬまで子供はいなかったはず」

ト、母は嬰寧を怪訝そうに見る。

そこで、子服が間に入りまして、母に老婆のことを話します。
右目の上に赤いあざがあったことを話すと、母は再び驚いた。

「伯母さんが仰るには、嬰寧は妾の子だそうです。産まれてすぐに伯母さんに預けられて育ったそうです」

それでも母は、姉が生きているとは信じられず、嬰寧を疑いながら暮らしておりました。
それももっともな話で、なんせ嘘から出たまことでございます。

が、毎日あのカラカラと乾いた笑い声を聞いておりますト。
母親の心持ちにも、徐々に変化が生じてまいりました。

なんだか細かいことはどうでも良いように思えてまいりまして。
徐々に可愛い息子の願いを叶えてやりたい気分にもなり。

嬰寧が美しい笑顔で陽気に笑っている姿は、近所の人達からも好評でございます。
また、母親自身も、気分の落ち込んでいる時に嬰寧が来て笑うと、元気が出る。

悩んだ末に、とうとう二人を夫婦としてやることに決めました。

子服の母は、姑らしく婚礼の日取りなど世話を焼く。
嬰寧に花嫁衣装も用意して着せてやります。
が、嬰寧はその様子がおかしくておかしくて、笑いが止まらない。
笑い転げて衣装もまともに着られませんので、結局婚礼の宴は行えませんでしたが。
もっとも、姉だという老婆に招待状をやっても、返事は一切ございませんでした。

ともかく子服と嬰寧の二人は、仲睦まじく暮らしまして。
やがて、母が亡くなり、伯父もその息子の従兄も亡くなりましたが。

夫婦の間には男の子が生まれ、この子も生まれた時からよく笑う子です。
二歳、三歳、四歳――ト、成長するほどに、母の嬰寧によく似てくる。
ほんの些細なことを見ても、笑い転げているような元気な子で。
子服もだんだん、笑っている方が普通のことのように感じられてきました。

そうして、子供が五歳になる頃には――。
親子三人、朝から笑い転げているような一家になった。

「ハハハハハ、ハハハハハ、ハハハハハ――」

それから月日は夢のように経ちまして、子服も臨終の時を迎えます。

ふと、人生を振り返った子服は、

「ハハハハハ。俺はこの数十年、笑い続けて幸せだった。ハハハハハ、ハハハハハ――」

ト、大いに満足いたしまして。

最期までカラカラと笑い転げ、腹をよじりながらこの世を去ったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(清代ノ志怪小説「聊斎志異」巻ニ之六『嬰寧』ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    確かに笑ったまま臨終の時を迎えることができれば、生きている間のありとあらゆる事どもは些事に思えましょうな。
    逆につまらぬことで眉根を顰めて四角四面に語ろうとする今時の世の中では、何もかもが悩みの種にもなってしまうような気がいたします。

    • onboumaru より:

      そうですね。
      そう考えられれば、この話も不気味に感じずにすみます。
      笑い続ける女を不気味に感じる方に、心の闇があるのかもしれません。