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小鮒のせいしょう

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どこまでお話しましたか。
そうそう、カジカの法印に説教された小鮒のせいしょうが、意地になって食い過ぎてしまったところまでで――。

せいしょうは、うつらうつらしているうちに夢を見ましたが。
人間でも飲み食いが過ぎた時は、概して夢見が悪いもので。
何とも言いようのない嫌な夢を、このせいしょうも見ましたが。

どんな夢かと申しますト。

せいしょうは突然、平たい屋根の上にドンと投げ出されまして。
びっくりして、空を見上げておりますト、ちらほらと雪が舞い降りてきました。
その光景に見とれているうちに、何だか恍惚としてまいりました。
――ト。

「あッ」

突然、屋根が傾いて、せいしょうは虚空へ滑り落ちていきます。

ドボンッ――。

音を立てて落ちたのは、濁った川の中。
俺の棲家はもっと澄んだ水の中だが――。
ト、不満に思っておりますト。

天から太い柱が降りてきて、グルグルと三、四度回りました。
途端に、川の中がかき乱されて、より一層濁ります。
目を回しておりますと、だんだん川の水が熱くなってきた。

「苦しい、苦しいッ――」

ト、眼が覚めた時には、せいしょうは汗だくになってうなされておりました。

「なんだ、夢か。馬鹿馬鹿しい」

気の強いせいしょうは、そうつぶやいて忘れようと努めましたが。
今日の夢に限って、どうしても心に引っかかって離れません。
せいしょうは、そわそわと水草の間をせわしなく泳ぎまわっておりましたが。
思い切って、カジカの法印のもとを訪れることにいたしました。

「ウム。それはあまり良くない夢だな」

月光を背に受けたカジカの法印が、険しい表情を浮かべます。

「と言うと」
「食べ物に留意せよ。さもなくば、命の危機に瀕するであろう。――そういうお告げに違いない」
「なんだとッ」

せいしょうは腹を立てた。

「そんな説教を聞きに来たんじゃねえ。これだから蛙の浅知恵と言われるのだ。もう二度と来ねえ」

なまじ後ろめたいところがあるだけに、法印の指摘が癪に障ってたまらない。
尾びれで水をバシャンッと掛けると、せいしょうはまた水に潜っていった。

「坊主なら坊主らしく、夢占いの一つでもしてくれればいいじゃねえか」

水草の寝床に帰っても、まだ怒りが収まらない。
それでも、夜の川水に頭を冷やして考えますト。

確かに食い過ぎはよくないかもしれない。
命にかかわるというのは大げさとしても。
同じ水に住む連中から煙たがられるのは俺も本意でない。




ト、ようやく殊勝な考えが出来るようになりました。
よほどさっきの夢が気味悪かったものと見えます。

これからは節食に努めよう。
そうして仲間とも仲良くやろう。
そう心に固く誓っているところへ――。

好事魔多しとは申しますが。
油の乗った大きなミミズ。
それが目の前で美味そうに身をくねらせている。

「食うまい。いや、食うまい」

せいしょうはぎゅっと目をつぶる。
ところが見えないだけに、ミミズはいっそう美味そうな姿となって、心に浮かんでは消えていきます。

「待て。そうだ。こんな大きいミミズは、そうそうお目にかかれるものじゃない。この一匹を食ったら、それから数日間、絶食すれば良い話なのではないか」

ト、人間も鮒も、煩悩に駆られた時は頭がいやに良く回るようにできています。
都合の良い理屈をひねり出すと、せいしょうは一、二の三で飛びついた。

その味の妙なること――。
口の中でとろけるようで、せいしょうも思わず頬が緩む。
――ト。

「痛ッ。いてててて――」

口の中に激痛が走りました。
頬の内側に鋭い針が突き刺さっている。
せいしょうは、あらがう間もなく、釣り上げられてしまった。

「おお。これはよく肥えた鮒だ。わざわざ夜釣りに来た甲斐があった。さっそく帰って鍋にしよう」

せいしょうの目に涙があふれます。
その視線の先に、カジカの法印がこちらを見上げているのが見えました。

「せいしょう。お前の菩提はわしが弔ってやる。安らかに眠りなさい」

口元がそう言っているように見えました。

やがてせいしょうは、平たいまな板の上に、ドンと投げ出されまして。
空から白い雪のような塩が降ってくる。
徐々に恍惚としていったのは、身を切り刻まれているからでございましょう。

まな板が傾く。
せいしょうが虚空へ滑り落ちる。
ドボンッと落ちたのは、味噌で濁った鍋の中。
お玉がグルグルと三、四度回りますト。
味噌が一層濁ります。
やがて鍋の中の水が、熱く煮え立っていきました。

薄れ行く意識の中、せいしょうはさすがに覚悟を決めまして。

「来世はまた餓鬼道だろうか」

ト、人知れず嘆いたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(出羽ノ民話ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    滑稽な話しですな。
    が、鮒に仮託しておるだけで、これは須らく人間全般に発せられた戒めなんでしょうな。特に今の世の人間は心して聞くべきなのでしょう。

    • onboumaru より:

      我々も欲を張っているとミミズを餌に釣り上げられてしまうかもしれません。