::お知らせ:: 最新怪異譚 焼き場の妖異が我をたばかる を追加しました

 

餓鬼阿弥蘇生譚 小栗判官と照手姫

この怪異譚をみんなに紹介する

こんな話がございます。
有名な小栗判官(おぐりほうがん)の蘇生譚でございます。

時は足利将軍の時代。
二条大納言兼家卿の嫡子、後の小栗判官は、毘沙門天の申し子と呼ばれておりました。
どういうことかト申しますト。
子に恵まれない兼家卿が、鞍馬の毘沙門天に祈願して授かったのが、小栗判官でございます。

判官は七歳の時に勉学のために比叡山へ送られまして。
十八歳の時には、東山第一と呼ばれるほどの秀才に成長いたしました。
そこで、父君に呼び戻されまして、官位と屋敷を授かりました。

さて、父君は館の主となった小栗に御台(みだい)を迎えてやろうと考えまして。
さまざまな家柄の姫を会わせますが、小栗は全く興味を示さない。

「背が高すぎる、髪が長すぎる、顔が赤すぎる」

ト、もったいない御仁があったもので。
なんと、七十二人の姫にあれこれ難癖をつけて、送り返してしまいました。

それだけでも父君の面目は潰された格好でございますが。
さらに間の悪いことに、小栗の吹いた笛の音に、鞍馬の大池に住む大蛇が懸想してしまいまして。
十八人の美女に姿を変え、あの手この手で小栗を誘惑いたしました。

あれほど人間の姫を毛嫌いしていた小栗でございましたが。
大蛇の姫にはあっけなく魅入られてしまいまして。
ついにこの魔性の者と契りを交わしてしまいます。

夜な夜な息子の館に大蛇が現れると聞いた父君は、それはもう怒り心頭でございます。
一も二もなく、小栗を京から追放してしまいましたが。
その流された先と申しますのが、母方の縁故地である、常陸国は小栗の館でございました。

京から流されてきた貴人の子息を、常陸の侍たちが出迎えて仕えます。
そこへ後藤左衛門と申す行商人が、御用聞きにやってまいりました。
諸国を回る後藤左衛門に、小栗は身元の確かな、品性の麗しい姫を探して欲しいと頼みます。
よほど大蛇との一件に懲りたのでございましょう。

そこで後藤左衛門が推しましたのが、相模武蔵の両国を郡代として治める横山殿の娘。
屈強の五人息子の、末の妹として大事に育てられている、美貌の照手姫(てるてひめ)でございます。

これと思ったら躊躇しないのが、小栗判官の豪傑たる所以でございまして。
その場ですぐに恋文をしたためて、後藤左衛門に託します。
小栗の押しの強さに、箱入り娘の照手姫もすっかり心を奪われます。
そこで、小栗は選りすぐりの屈強な家来十人を連れ、婿入りと称して、勝手に横山館へ押し掛けていきました。

小栗ら主従十一名の一行は、門番を欺いて、照手姫の部屋に忍び込みます。
そうして七日七晩、二人は閨をともにしましたが。
やがて、父の横山殿がこれに気づいて激怒します。
五人の息子を呼び寄せると、顔を突き合わせて謀議した。

「知らぬ間に勝手に忍びいって、婿づらをするとは失礼千万。許せぬ。武蔵相模より七千騎を集めて小栗を討て」

ト、父の横山殿の鼻息は荒い。
だが、嫡男のいえつぐはさすが慎重で、小栗の評判をもって父をなだめます。

「小栗と申せば、世に聞こえし剛の者。あまつさえ軍神毘沙門天の申し子。その力は八十五人力。かてて加えて、選りすぐりの家来を十人連れております」

すると、三男の三郎が申しますには。

「私に良い考えがございます。明日、主人と客人の顔合わせとの名目で、照手の部屋へ使者をお遣わしなさいませ」

翌晩、横山殿は三男三郎の企みに従い、小栗を客として招き入れる。
一献、二献、三献、四献、五献――ト、酒をどんどん勧めます。
良い加減に酔いも回った頃合いを見計らい、横山殿が小栗に持ちかける。

「さて、都のお客人。ここらで一つ、芸を見せてはくださいませぬか」
「それがしの芸と申しますれば、弓、鞠、碁に、力業、早業などもございますが。何でもご所望の芸をお見せしましょう」




待っていたとばかりに、横山殿が膝を前に進めまして。

「いや、それがしはさようなものは好みませぬ。我が館に鬼鹿毛(おにかげ)と申す馬が一頭おりますゆえ、早駆けを披露していただきたい」
「お安いご用」

ト、請け合いますと、小栗ら主従十一名は館の厩へ連れてこられました。

大きな厩に、馬がたったの一頭。
中へ入ると、キイーっと扉の閉まる音。
外から錠を下ろされまして、初めて小栗は騙されたと知る。

高窓からようやく月の明かりが差し込むばかりの暗がりで。
足元には馬草らしきものが散らばっていますが、よく見えません。
ト、家来の一人が突然声を上げた。

「ヤヤッ。これは――」

手に拾い上げたのは白骨、そして長い黒髪。
鬼鹿毛がムシャムシャと食んでいる、その口元を見ますト。
同じく人間の死骸らしきものが、馬草に混じって食われているのが見えました。

「殿、これは人を喰う馬にござります」
「なるほど。どれ、どれ」

ト、小栗は馬草を手にして、鬼鹿毛に近づていく。
家来たちは心配そうにその様子を見守ります。

鬼鹿毛は歩み寄ってくるその姿を見て、脅すように激しくいななく。
が、小栗はものともしません。
喉仏をすっと掴むと、鬼鹿毛がピタッと鳴くのをやめた。

鬼が鬼に睨まれた格好でございます。
差し出された馬草を、おとなしく食べました。

「扉を開けろッ」

ト、外に向かって小栗が叫びますト。
その様子を盗み見ていた番人が、震え上がって、指図に従いました。
鬼鹿毛を手なづけて小栗は悠々と厩から出てくる。
その姿に、屋根に登って見物していた三郎も臍を噛んだ。

「三郎殿。父君とご兄弟をお呼びくだされ。この小栗が一馬場、ご覧にいれましょう」

ト、鬼鹿毛にまたがって、小栗が屋根の上の三郎に呼びかける。

「三郎、話が違うではないか」

横山殿も屋根の上に現れて、三郎をなじります。
鼻を折られた三郎は、意地になって次の一手を考えます。

――チョット、一息つきまして。

この怪異譚をみんなに紹介する

新着怪異譚のお知らせを受け取る

コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    勧善懲悪というと薄っぺらい物言いになってしまいますが、まあ溜飲が下がるお話でしたな。日がな一日こんな芝居でも観たい気になりました。

    • onboumaru より:

      水上勉氏によりますト、語り手が聴衆の望むようにお話を語り変えていった結果、このような形に落ち着いたのだと申します。
      悪人が残虐に報復されるのも、つまるところ、当時の民衆の求めた結末だと考えると、少し薄ら寒い気がしないでもありません。