::お知らせ:: 画師略伝 葛飾北斎 ―画狂老人は一処に安住せず― を追加しました
 

女侠と乳飲み子

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こんな話がございます。
唐土(もろこし)の話でございます。

唐の貞元年間と申しますから、我が日の本で言うならば、平安の都が開かれたばかりの頃でございましょう。

崔慎思と申す者が、科挙に合格し、晴れて進士となりました。
この進士と申すのは、六科ある科挙の中でも最難関でございます。
よく、七十を過ぎてようやく合格した、などという逸話がございますが。
たいていは四十歳前後で合格するのが普通だったようでございます。

この崔慎思もご多分に漏れませんで、もう四十に手が届かんといった年格好でございます。
これまで勉強詰めで暮らしてまいりましたのが、ようやく報われましたので。
栄誉に思う一方、羽根を伸ばしたい気持ちも何処かにございます。
あれやこれや、見てみたいもの、やってみたいことが、たくさんある。

ところが、崔は田舎の人でございます。
都に知人も親類もなければ、住む家すらない。
まずは身の置き所から探さなければなりません。

崔慎思にとっては、これが初めての都住まいでございますから。
右も左も分からぬ中で、空き家を探しておりましたが。
ようやく郊外に人の家の空き室を借りることができました。
古いが広い邸宅の、離れにある静かなひと間でございます。

これで腰が落ち着きましたので、崔は安心して出仕する。
それからひと月、ふた月と時が流れまして。
士官にも徐々に慣れてき、都見物も大概済ませました。

そうなると、ふと気になるのは、自身が住まっているこの邸宅で。
よく考えると、これだけ広い敷地の中で、自身にあてがわれたひと間しかろくに知りません。

そこで、勤めのないある日、崔は邸宅内を散歩してみることにしました。

崔はこの家へは人を介して入りましたので。
これまで、どんな人たちがこの家に住んでいるのかも知りませんでした。
この離れに自分しか住んでいないのは知っておりましたが。
他の離れや母屋に誰が住んでいるのか――実は家主の顔すら見たことがありません。

崔の住む離れは東の端にあり、母屋を挟んで西の端にもう一方の離れがございます。
母屋の前は広い庭で、薄紅色をした海棠(かいどう)の花が咲き誇っている。
その花の下をゆっくり歩いて、崔は西の離れに行ってみました。
木漏れ日が淡い影を地に落とします。

西の離れも、これまた人の気配がございません。
久しく手入れがしていないらしく、じめっとしてかび臭い。
壁もところどころ崩れているが、納屋のように使われている風でもない。
がらんとして、暮らしの匂いがまるでいたしません。




そこで、今度は母屋の方へ回ってみることにしました。
これまできちんと挨拶もしておりませんでしたので。
今さらとは思いましたが、玄関から案内を乞おうとしておりますト。
その隣の窓の中に、すっと人影が通るのが見えました。

思わず、窓の中を覗いてみますト。
二人の下女をかしずかせて、三十ほどの女が籐椅子に腰掛けている。

海棠睡(ねむり)未だ足らず――。

これは玄宗皇帝が、かの楊貴妃を評した言葉でございますが。
まさに、美しく匂いたつ花が、春の陽光にまどろんでいる風情でございます。

四十男の崔慎思は、ハッと思わず気後れがいたしまして。
一歩、二歩と後ずさりしますト、そのままコソコソと逃げるように、離れへ帰って行きましたが。

それからも人知れず、屋敷の様子に注意を払っておりますト。
男の姿はおろか、人の気配が他にございません。
どうやら、あの女が家主であるらしいと知れました。

そうと知れると、崔は途端にそわそわとし始めまして。
いつまでも、こうして挨拶も交わさずにいることが、非常に不自然に思われてくる。
明日こそは、明日こそはト、毎晩、明かりの灯った母屋の一室を眺めては、心に決めておりましたが。
どうしても、その勇気が出ないのは、四十年を勉学にのみ費やしてきたからで。

そう考えた時、ふと名案が頭に浮かびましたのは。
それならば、得意の詩賦をもって挨拶に代えれば良いのではないか――。
そこで、筆を取りますと紙片に一遍の詩を書き連ねました。

これが後に悲劇の種となりますが。
この時は露も知りません。

――チョット、一息つきまして。

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    女侠がどのような策略でもって仇敵に忍び寄っていったのか気になりますな。下世話な興味ですが。

    • onboumaru より:

      そこを一切明かさないまま、「後の禍根」だけしっかり断って去っていったところが、世間の人には「女侠」に見えたんでしょうナ。