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犬の墓

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どこまでお話しましたか。
そうそう、韓家の黒犬が人間の男に身を変じ、馬に乗って颯爽と去っていったところまでで――。

馬は黒衣の男に駆られて何処かへ消えていくと、明け方になって男ともども帰ってきた。
男は今度は人間の声で一声「おう」ト叫ぶと、再び元の犬の姿に戻りました。
そして何事もなかったかのように、主人の元へ帰っていきます。

下男は非常に驚きましたが、迂闊に喋るとまた何をされるか分からない。
そこで、引き続き一人で厩の様子を窺っておりました。

すると、何日目かの晩、またかの黒犬が人間に変じて馬にまたがると、明け方になって帰ってきた。
その前日は雨でしたから、土がぬかるんでおります。
下男はそれをいいことに、馬の蹄の跡をたどり、かの黒衣の男の向かった先を調べました。

馬の蹄の跡は、韓の家から南へ十里ほど続いている。
ト、行き着いたところに大きな塚がございます。
非常に長い年月を経た古墳のように思われました。
古墳には入り口があり、蹄の跡はそこで止まっている。

下男は古墳のそばに忍んで、馬の来るのを待ちました。

夜が更けると、黒衣の男が馬に乗ってやって来ました。
男が墓の中へ入っていく。
下男がその後から密かについていきます。
すると、中で人の気配が待っていた。

五、六人の男が車座になって、黒衣の男を待っておりました。
みなそれぞれ、異国風の奇妙ないでたちをしております。
褐色の衣をまとった男が、黒衣の男に訊きました。

「例のあれはどうだ」
「なに、家の礎石の下に埋めてある。大丈夫だ」
「分かってはいると思うが、くれぐれも気をつけてくれ。あれを知られると俺たちは――」

疑うような口調だったのが癪に障ったか、黒衣の男が遮って言い返す。

「分かっている。お前は俺があの家の主人に懐いているのを心配しているんだろう」
「いや、そうじゃない」

ト、褐色の男が気まずそうに口ごもる。

「いや、そうだ。俺が裏切るとでも言いたいのに違いない」
「まあ、待て」

不穏な空気が流れたのを察して、白地に斑点模様の入った衣の男が、割って入った。

「我々はみな、一人の主君を戴く仲間ではないか」

ト、二人をなだめておいて、

「ところで、韓の家の赤ん坊の扱いはどうなっている」

ト、話題を転じて黒衣の男に訊きました。

「それが、まだ名前をつけていないのだ」
「そうか。それでは我々としても致し方がない」




陰に隠れて聞いていた下男には、彼らの会話の意味がさっぱり分かりません。
それでも、とにかく礎石の下に何か秘密が隠されているらしいことだけは知れました。
そこで、黒衣の男が馬に乗って帰るのを見届けると、自分も家に帰り主人にことのあらましを告げました。

話を聞いた主人の韓は、相変わらず信じようといたしません。
それでも、ここへ赴任してくる際に同僚から言われた言葉を、この時ふと思い出しまして。
それは、この地がかつて西戎のとある部族に支配されていたことがあるということで。

すると、あの古墳というのは、いにしえの戎(えびす)の武将のものなのではないか。

「いや、いずれにせよ、そのような妖しいものを、我が家においておくわけにはいかぬ」

そこで、主人みずから餌をやるふりをして黒犬をおびき寄せますト。
捕まえて庭に引きずり出し、棍棒で撲殺してしまいました。

その後、一家総出で礎石の下を掘り返してみますト。
そこに埋めてあったのは、一軸の書で。
開いてみると、中に韓家の成員すべての名が、びっしりと書き込まれている。

驚いたことには、下男下女の名前までご丁寧に記してありますが。
黒衣の男が言ったとおり、最近生まれた赤ん坊の名はそこにはありませんでした。

主人の韓はなにか感じるところがあったようで、

「なるほど。よそ者の漢人相手に、何か奸計をめぐらすつもりだったのかも知れぬ。主君のため、夜毎集まっては謀議をしていたのだろう」

ト、犬たちの忠義を讃えはしましたが。

翌日、近隣の者たちを集めまして。
塚を暴くと、中から犬が五、六匹駆け出してきた。
褐色のやら、白に黒ブチのやら、下男が見た男たちをそのまま四ツ足にしたような犬どもで。
韓は住民たちに命じて、これを片っ端から撲殺させました。

その晩、韓は住民たちの労をねぎらって宴を開く。
そこで振る舞われた鍋に使われたのが、かの犬たちの肉で。
住民たちは知りませんから、うまいうまいと言って食っている。

それを見て、韓は、

「戎の将よ。もはや我々は一つの血肉を分けた兄弟だぞ」

ト、高らかに笑っていたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(唐代ノ伝奇小説「宣室志」卷三ノ一『韓生』ヨリ)

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コメント

  1. 深川八幡太郎 より:

    前段の夏と華のことがなければ、腑に落ちない話でした。
    蛮族でさらにその飼い犬ともなれば、ど真ん中にいる者たちからすれば、所詮は忠義面した猿真似と言ったところだったのでしょうか。

    • onboumaru より:

      よく分からない敵ほど恐ろしいものはないということでしょうか。
      私は、彼らが韓の家の者の名を記して、一体何をするつもりだったのかが気になります。