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怪談牡丹燈籠

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こんな話がございます。

根津の清水谷に、田畑と借家を持ち、その実入りで暮らしている浪人がございました。
名を萩原新三郎と申します。
年はまだ二十一と若く、おまけに男振りもすこぶる良いという。

二月の初めのある日のこと。
新三郎の家に山本志丈と申す幇間(ほうかん)が遊びに参りました。

表看板は医者ですが、医術のイの字も知りません。
金づるのもとを巡回しては、お座敷でご機嫌を取るという。
いわゆる太鼓持ちというやつですナ。
これを一名、幇間医者(たいこいしゃ)ト呼ぶ。

「あなた。そう毎日閉じこもって、鬱々と書見ばかりしていたら、せっかくの男振りがすたれます。今日はお天気がようがすから、一つ亀戸の臥竜梅でも見に行きましょう」

などト言って連れだしますが、実のところは自分が食事にありつきたいというのが本心で。

こうして新三郎は梅見に駆りだされることになりましたが。
その帰りに志丈が連れて立ち寄ったのが、柳島のとある寮(別荘)。

「ここは私が懇意にしている飯島平左衛門様の寮でして。実はお露様という十七歳の娘御が、ここに女中と二人で住んでおりましてな。一体、あなたは内気でいらっしゃるからいけない。今日は私がご婦人を紹介しますよ」

ト、嫌がる新三郎の手を無理に引き、ずんずんト屋敷の中へ進んでいく。

「おや、これは志丈さん」

二人を見かけて声を掛けたのは、お米と申すこの家の女中。

「今日は亀戸の臥竜梅を見に出かけましてね。梅も結構だが、何しろあれは動かない。そこでお宅の梅花を拝見しに参りました」
「それはどうも。どうぞ、お上がりなさい」

確かに懇意にしてはいるようでございますが。
大方、新三郎を口実に、自分が娘を見物に来たのでございましょう。

志丈は新三郎を連れて座敷に上がり、しばらくお米と世間話をしておりましたが。
新三郎はふと、人の気配を感じて廊下を見る。
ト、襖の隙間からこちらを覗き見ている人影があった。

「おや、噂をすればなんとやらだ」
「実は、嬢様もご一緒にと申したところが、お連れ様とお会いしたことがないからと、ご遠慮なさって」

お米が立ち上がり、襖の陰から嬢様の手を引いて戻ってくる。
現れたのは、ハッとするような美しい娘――ト申したいところではございますが。

実はとうからハッとしていたのは、この美人のほうでして。
顔を耳まで真っ赤に染めて、新三郎をチラチラと見ております。

その後、四人は近づきのしるしに盃を交わしましたが。
その間も、娘のお露は美男の新三郎をチラチラと見ては、恥ずかしそうに顔を伏せる。
一方の新三郎も、お露の美しさと奥ゆかしさに、思わず見惚れてしまいました。

帰りがけ、新三郎は厠へ立つ。
お米は気を利かせて、お露に手ぬぐいを渡して手水場で待たせます。
出てきた新三郎が手を洗うと、後ろからお露がそっと手ぬぐいを差し出す。
手を拭いた新三郎は、手ぬぐいを返しながら、お露の手を握りました。

お露は握られた手を震わせながら、じっと新三郎の目を見つめます。

「あなた、また是非来てくださいね。来てくださらないと――」

思いつめた眼差しに、ぐっと力が籠もります。

「――来てくださらないと、わたくし死んでしまいますよ」

その尋常ならざる一言が、新三郎の耳にいつまでも残って離れません。

以来、あの時のお露の眼差しを思いながら、これまで以上に鬱々と日を暮らしておりましたが。
そのうちに、二月、三月、四月と過ぎまして。




新三郎の持つ長屋の一間に、伴蔵お峰と申す夫婦が住んでおりました。
ある日、新三郎は夫の伴蔵(ともぞう)を釣りに誘います。
ト申しますのも、あれ以来志丈がなかなか現れないからで。
釣りを口実に、飯島家の寮を外からでも眺めたいという魂胆です。

二人は弁当と酒を持参して、神田の昌平橋から船に乗る。
船頭には柳島の横川を目指すように言いまして。
自分は伴蔵と酒を呑み、しこたま酔った。
根が小心ですから、もし人に見られたらという不安を酒でごまかしている。

ところが、元来酒には弱いので、いつの間にか寝入ってしまった。
ふと、目を覚ますト、伴蔵が一人で釣りをしております。

「伴蔵。ここはどこだ」
「へえ、横川でございます」
「ちょっと岸に着けてくれ」
「岸に着けたら釣りができません」
「いいんだ。行くところがある」
「それではお供しましょうか」
「よせ。貴様も野暮だな」

ハハンと、伴蔵もようやく察しまして、これから新三郎が一人で岸に降りていく。
しばらく行くと、飯島家の寮が見えてきました。
外から眺めるだけトは思っておりましたが、行ってみると門が開いている。
つい、庭に入ってみると、縁側でお露が物憂げに外を眺めていた。

目と目が互いに合いますト。
どちらからというでもなく、手を取り合いまして。
お露は新三郎にしなだれかかる。

「あれから一度も来てくださらないから、わたくしこの三月の間、ずっと寝込んでおりましたのよ」

その思いは新三郎も同じでございましたので。
二人はいつしかお露の寝床に滑り込み。
ついに夢の様な契りを交わしました。

別れ際、お露は新三郎の手に香箱を握らせまして、

「これは母から譲られた大事な品でございます。どうかわたくしの形見と思って、お収めくださいませ」

見るト、秋野に虫の図柄で、象眼入りという結構な品。
お露は蓋を取ってそれを新三郎へ渡し、自分は箱のほうを懐にしまう。
そうして別れを惜しんでおりますところへ。

「これ、貴様は何者だ」

ト、現れましたのは、お露の表情から察しますに、父の飯島平左衛門のようでございます。

「はっ、私は萩原新三郎と申す浪士――」

新三郎が言うか言わぬかのうちに、平左衛門は鞘から刀をスラリと抜き、

「不義密通により我が家名を汚したからには、二人とも生かしてはおけぬ」

ト、娘のお露に振りおろした。

島田髷の首が床にゴロンと転がる。
思わず拾い上げようとした新三郎。
背後から容赦なく斬りつけられ――。

「旦那、旦那。どうしたんです、そんなに大きな声を上げて。オヤオヤ、汗もびっしょりかいている」

やっと目の覚めた新三郎は、夢と知ってホッと息をつく。
額の汗を拭おうとするト、右手に何やら掴んでおります。

「何です、それは」

言われてそれを見てみまして、新三郎も我が目を疑った。
先ほど夢の中でお露と交わした、香箱の蓋が手中にある。

――チョット、一息つきまして。

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