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雨月物語 青頭巾

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こんな話がございます。

細川山名の両勢力が、京の都を二分して大乱を起こしていた頃のこと。
快庵禅師ト申す有徳の高僧がございました。
若年にして禅の奥義を極め、その後は諸国を遊行しておりましたが。

ある年、美濃国の龍泰寺で一夏を過ごされまして。
秋は奥羽に住まいしようと、北へ向かって旅立たれました。
これは、その途次、下野国に立ち寄られた時のお話でございます。

富田という寂しい里に差し掛かった頃、日がちょうど暮れてまいりました。
そこで一晩の宿を求めようと、禅師はとある民家の軒に立ちましたが。
通りがかった野良帰りの男たちが、禅師の姿を見るや驚いた様子で立ち止まる。
わなわなと震えだしたかと思うト、急に散り散りに駆け出して騒ぎ始めました。

「山から鬼が下りてきたぞ。みんな隠れろッ」

その声に、家の中にいた女子供もみな悲鳴を上げる。
途端にこけつまろびつの大騒ぎになる。
家の主は天秤棒を手に、覚悟を決めたように飛び出してくる。
ト、そこに立っていたのは、穏やかな表情の老僧で。

「これは一体何事でございましょう。拙僧は諸国遍歴の遊行者でございます。この痩せ法師が強盗でもするように見えましたかな」

主人は天秤棒を背中の後ろに隠して、恥じ入った。

「これは大変なご無礼をいたしまして。どうも村の者が早とちりをいたしたようでございます。今晩はどうぞ拙宅へお泊まり下さいませ。さあどうぞ、こちらへ」

ト、恐縮して招き入れる。

非礼を詫びた上で、食事や風呂など一通りのもてなしをいたしますト。

「まことに妖しい話ではございますが」

ト、先程の早とちりのわけを、主人は禅師に語り始めました。

この里の山上に一宇の寺がある。
元は藤原秀郷の後裔として知られる、小山氏一族の菩提寺で。
代々、有徳の高僧が住持を務めてきたという名刹です。

当代の住持も学問、修行の評判高く、また、貴人の出自ということもあり。
村人たちはこぞって帰依し、この主人もまた篤く敬ってきたと申します。

それが、一年前の春のこと。
住持は越州のさる寺から儀式に招かれ、百日あまり逗留したそうでございますが。
帰還に際し、彼方より十二、三歳ほどの童子をお稚児さんとして連れ帰ったそうで。

もちろん、身の回りの世話をさせるためではございましたろうが。
罪作りなのは、この稚児が相当の美童だったということで。
和尚はついつい愛欲に引きこまれていったようでして。
長年励んだ学問も修行も、次第におろそかになっていくように見えたという。




ト、ここまでは、よくあると言ってしまえば、ある話でもございましょうが。

それが、この年の春。
お稚児さんが、ふとした病で煩いついたそうで。

日を経るごとに病状は悪化していきまして。
和尚は心配し、国府の典薬寮から名医を招きまでしたそうですが。
必死の看病の甲斐もなく、お稚児さんは死んでしまったという。

掌中の珠を奪われた和尚は、涙が枯れるまで泣き続けました。
悲嘆のあまり――というのも妙な気はいたしますが。
ともかくも、火葬にも土葬にも付さなかったそうで。
日がな、手を取り頬をすり寄せて、死骸に寄り添っていたという。

当然のことながら、和尚の心神は次第に乱れていく。
生前同様、お稚児さんをかわいがっておりましたが。
ふと、肉の腐り、爛れていくのを惜しみまして。
あろうことか、その肉を吸い、骨を嘗め、ついに食い尽くしてしまったそうで。

「ご院主様が鬼になった」

ト、寺中の者が恐怖し、逃げ去っていきました。

そうして孤独になると、もはや身も心も鬼そのものでございます。
夜な夜な里に下りては人々を脅かしまして。
墓を暴いては、死にたての死骸を食うまでに堕ちる。

人々は昔話に鬼を聞いてはおりましたが。
まさか目の前に見ることになるとは思いもしない。
とはいえ、これを退治る方法もございませんので。
家の戸締まりをしっかりし、めいめいが我が身を守る他ない。

「近頃は他所の村にも噂が伝わったらしく、行き来もすっかり絶えまして、今ではこのように村全体が寂れてしまったのでございます」

快庵禅師は、話を聞くト、

「因縁でございましょうな」

ト、大きく嘆息なされまして。

「もし、その稚児に出会っていなければ、今も有徳の僧として知られておりましたろうものを。愛欲の迷路に迷い、無明の業火に焚き付けられて鬼と化す。それもひとえに、その性が一途であったがためでございましょう。ここはひとつ拙僧が、この鬼を教化して元の心を取り戻させ、今宵のもてなしに報いることといたしましょう」

主人は畳に額を擦りつけますト、涙を流して喜びました。

――チョット、一息つきまして。

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