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夜ごとの妻

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どこまでお話しましたか。
そうそう、王勝と蓋夷が向かいの建物の部屋に、女と戯れる竇玉の姿を見たところまでで――。

竇玉のつれない態度に屈して、すごすごと引き下がった二人ではございましたが。
考えれば考えるほど、そのつれなさの裏に何か怪しいものを感じます。

翌朝、二人は再び向かいの建物へ入って行きました。
部屋の中では、竇玉が一人で寝台に寝ている。
二人の気配に気づいて目を覚まし、起き上がって目をこすっております。

「あなたも食えない人ですな」

ト、王勝が竇玉をなじります。

「昼は慎ましやかな文人を気取っていながら、夜ごと貴人の娘と宴ですか。一体、あの麗人はどなたです」

ト、蓋夷も皮肉交じりに続きます。

「事実を言わないと、妖幻を用いる者がいると郡に告訴しますぞ」

これから官人になろうという二人ですから、脅し方もやけに現実味がある。
するト、竇玉はにわかに慌てまして。

「分かりました。話しましょう。ただし、ここだけの話にしてくださいよ」

ト、懇願するように念を押す。

「いいでしょう。決して多言はしません」

数年前のこと。
竇玉は、太原を目指して旅をしておりました。

夜に冷泉を発ち、翌日に孝義に宿を取るはずが、その途中で日が暮れてしまった。
おまけに、夜道を歩いているうちに道に迷ってしまいます。
あてどなく歩いていると、大きな邸宅が見えてまいりまして。
竇玉は門番に一夜の宿を借りたいと申し出ました。

その時、尋ねたところによりますト。
この邸宅は崔司馬という、汾州の高官の屋敷であるという。

竇玉はすぐに崔司馬に招き入れられましたが。
そこで驚くべき事実に遭遇しました。

崔司馬と話をしているうちに、実はお互いが親戚同士であることが分かったのでございます。

「すると、あなたは我が妻の甥に当たるわけですな」

崔司馬は喜んで、すぐに妻を呼びに行かせました。
竇玉もそう言われてみれば、以前そんな話を聞いたことがある。
妹のうちの一人が崔という家に嫁いだと、母から聞かされたような気がいたします。

崔司馬の妻は、話を聞くとすぐに宴席を準備したようでございまして。
竇玉は邸宅の主人に伴われて、大広間に招かれる。
まるで王侯貴族が現れそうな、立派な広間でございます。

そこに用意されていたのが、まさに昨晩、王勝と蓋夷が見たもので。
すなわち、様々な山海珍味の盛られた美しい皿の数々でございます。

「ところで、太原へ向かっているとのことだが、何をしに行くのだ」

ト、崔司馬が竇玉に尋ねました。

「科挙を受ける費用を稼ぎに行くのです」
「家はどこにある」
「家はありません。お恥ずかしながら放浪の身でございまして」

竇玉が思わずうなだれますト、崔司馬は心中を察したように、

「そうか。詳しくは聞かないが、何か事情があって零落したようだな」

ト、心配そうに応じておりましたが。

「そうだ。ならば、こうしたらどうだ。実は我々夫婦に娘が一人いる。不都合でなければ、お前に娶そうと思うが、どうだろう。そうすれば、もう人に衣食を頼らずとも済むぞ」

竇玉が丁重に礼を述べてこれを受け入れると、崔司馬夫妻は心から喜んだ表情を見せました。

「そうと決まれば善は急げだ。親戚同士だし、そう格式張る必要もなかろう。内々にでも今夜中に式を挙げたらどうだ」




ト、とんとん拍子で話は進みまして、竇玉は崔家の婿になる。
西楼に案内されてそこで沐浴をし、着替えの礼装を渡されます。
三人の人士が介添えしまして、用意されていた輿に乗る。

手燭の明かりに導かれ、竇玉は邸宅の広い敷地の中を一周した。
中門で新郎新婦の対面の儀となります。
美しい新妻に見惚れているト、敷地をさらに一周して、南門から再び大広間に至る。

大広間には、四方に帷が張り巡らしてありました。
こうして、婚礼は無事に執り行われました。

やがて、若い夫婦の時間となり――。
夜は静かに更けていく。

時は三更、子の刻(午前零時)です。
ト。

美しい妻が、突然、竇玉に背を向けて言う。

「早くお逃げなさい」

唐突な一言に、竇玉は困惑しました。

「ここは人間の世界ではありません。冥界です。汾州と申しましても、それは冥界での地名です。介添えの三人も、冥界の者です。生人が冥界にいることがどういうことか、あなたもお解りでしょう。早く逃げてください」

竇玉はどうしても納得がいかない。

「待ってくれ。たった一度の契りで、どうして別れられると言うんだ。それならどうして、初めに言わなかった」

妻は顔を伏せ、手で涙を押さえる。

「ごめんなさい。父と母があなたを気に入ってしまったものですから。――いえ、父母ばかりではありません。別れるのは私も辛いのです。どうか私のためと思って、早くここから出ていって」

どうしても諦められない竇玉は、しばし妻を見つめておりましたが。
やがて、はたと思いつき、こう言いました。

「人間と幽魂とでは住む世界が違う。それは私も分かっている。だが、夫婦になった以上、幽明を隔てても、心は通っているはずだ。ならば、こうしてくれ。陽気満ちる昼は、私も耐え忍ぼう。ただ、夜になれば陰気が満ちる。夜ごと、私の住む場所へ通ってきてほしい。きっと二人のための住居を探しておくから」

妻は夫の熱意に打たれまして、両親である崔司馬夫妻に相談しました。

「よくぞ言ってくれた。それでこそ、我が崔家の婿だ。人神無二、生人と幽魂とで住む世界は違えども、心は通うはずだ。ただし、娘を人間界に通わせるからには、決して多言をしてはならんぞ。娘の命に関わるからな」

こうして、竇玉と崔司馬の娘は夜ごとの夫婦となり、そうした暮らしがすでに五年に達しているという。

王勝と蓋夷は話を聞き終わると、辞して自分たちの部屋に戻った。

「どうやら、我々は大変なことを言ってしまったようだ」

王勝がそわそわした様子で蓋夷に言います。

「大変なことだって」
「『妖幻を用いる者がいると郡に告訴する』などと、戯れ言を言ったことだ」
「たかが戯れ言じゃないか。それがどうしたんだ」
「我々には戯れ言でも、あの男にはそうじゃなかった。話さなければ人間界で捕らわれる、話せば冥界に連れ戻される」

蓋夷がようやく呑み込んで、青ざめた。

「そうか。進退ここに窮まれりと思ったわけか」
「そうだよ。きっと決死の覚悟で我々に秘密を明かしたのに違いない」

その晩も、向かいの部屋に明かりが灯り、男と女の影を映し出しました。
薄衣の帷を越えて鼻元に妙香が漂ってくる。
が、かの嬌声は夜明けまで一度も聞こえてはきませんでした。

翌朝早く、二人が竇玉の部屋を訪ねてみるト。
そこには寝台も粗末な布団も消えており。
竇玉の姿はおろか、人の住んだ気配すら、まるで感じられなかったという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(唐代ノ伝奇小説「続玄怪録」第三巻『竇玉妻』ヨリ)

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