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鍛冶屋の婆

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どこまでお話しましたか。
そうそう、山中で山猫たちを返り討ちにした商人の元へ、鍛冶屋の婆なる大白猫が仇を打ちに来たところまでで――。

これまで気丈に対峙してきた商人ですが、さすがに今度ばかりは足が震えました。
これだけの数の山猫やその頭領を凌ぐらしい大物です。
わざわざ駕籠で迎えられ、こんな程度の人間を倒せないようではト呆れている。
一体、どんな化け物なのかと考えますト、足が勝手に震えます。

ザクッ――、ザクッ――。
ザクッ――、ザクッ――。

再び、不気味な爪音が、少しずつこちらへ近づいてくる。
年経た化け物であるせいか、今度のはより一層ゆっくりと登ってくる。

来るぞ。
来るぞ。
――いや、まだだ。

こののろさなら、わけなく叩きのめすことができそうにも思えますが。
陰になって見えないだけに、なかなか現れないのがかえって不気味です。
まだ半分ほども登っていないのではあるまいか。
脇差しを握る手に汗が滲む。ト。

ギャアァ――ッ。

一足も二足も飛び越えて、突然、目の前に顔を現しました。

大きな目をカッと見開いて、老猫が襲いかかってくる。
商人は不意を突かれて、顔を大きな爪で切り裂かれました。

握っていた短刀を、必死に振り回して応戦しますが。
老猫は悠然と構え、前足で難なく払いのけ続けます。

合間合間に吐く息が、蜘蛛の糸のようにねばねばと顔に絡みつき。
まごついている間に、商人は木の股の縁へと追いつめられて行きましたが。

「しまった。朝だ。夜が明けるぞ」

木の下で山猫の一匹が叫びました。
それを聞いて、婆猫は仕方なく、攻撃の手を止めて地上へ降りる。
商人があっけにとられている間に、山猫たちは鍛冶屋の婆を駕籠に乗せ。
慌てた様子で去って行きました。

東の空が確かに白み始めている。

残された商人は木の股に座り込んで考えまして。
このまま逃げても良いが、あれほど陽の光を嫌っていた奴らだ。
昼の内なら十分仕返しをしてやれるのではないか。
幸い、鍛冶屋という手がかりもある。

そこで、ひとまず木の股で夜の続きとばかりに眠りまして。
昼ごろに目を覚ましますト、山を降りて里を訪ねた。

歩いて行くと、どこからかトンテンカンと鍛冶屋が鉄を打つ音が聞こえてくる。
中に男が、汗をかいて仕事をしておりましたので。




「ちょっと、お尋ね申しますがな」
「はあ、なんでしょう」
「こちらに婆様が一人いらっしゃると聞いて来たんですがな」
「はあ、いるにはいますが。うちの婆様は長いこと患っておりまして、奥の間で寝たきりでございますが。なんぞ用でございますかな」
「なに、届け物を頼まれましてな」
「ほう、どなたから」
「さあ、それが名を聞いても答えずに去っていったんでございます」

商人が手にしていたのは、近くの魚屋で買った大きなブリ。
あまり新鮮でないのか、生臭い匂いがぷーんと漂います。
鍛冶屋の男が困惑しておりますト。
家の奥からしゃがれた声が聞こえてくる。

「三郎や」
「ああ、おっ母」
「何ぞ用か」
「誰かが大きなブリを贈ってくださったそうだが」
「ありがたく頂いて、こっちへ持って来い」

言われて、三郎はブリを受け取りまして、家の中へ入っていく。
外で待っていた商人は、三郎が出てくるト、声を潜めて事情を話しました。

「そんな馬鹿な――」
「嘘だと思うなら、見てみなさい」

二人は忍び足で、老婆の寝間へ近づくと、障子をそっと指一本分ほど開けました。
中を覗くト、白い着物を着た老婆が布団から身を起こしている。
枕元に置かれたブリに手を伸ばし、鼻元へ近づけてクンクンと匂いを嗅いでいる。

二人が息を呑んで見守っておりますト。
老婆はブリを生のままガリガリとかじり始めた。

それを見て、商人はさっと障子を開け、中に踏み込みます。
不意を突かれて、三郎があッと声を上げる。
その声に驚いた拍子に、老婆が大きな白猫の正体を顕す。
再び三郎があッと声を上げました。

逃げる間もなく、老猫は商人の刀に斬りつけられる。
青い血をどくどくと流して、そのまま息絶えました。

あまりのことに、三郎は言葉も出せずに立ち尽くしている。

「いつから、ああして寝ていたんです」
「――さ、三年ほど前からですが」
「三年じゃあ、もう今はとっくに骨でしょうな」

それから、商人は三郎に家探しをするように勧めまして。
近所の人達も手伝って家の中を探しますト。
夕暮れ時になって、床下から白い骨と婆さんの着ていた着物が出てきました。

食い殺した婆様になりすまして、化け猫が三年を暮らしていたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(隠州ノ民話ヨリ)

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