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鉄鼠頼豪

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こんな話がございます。
平安の昔、白河天皇の御代の話でございます。

白河天皇は二十歳の若さで即位なされました。
ところが、その後六年間、世継ぎに恵まれませんでしたので。
次第に、異母弟らに皇位を継がせる話が持ち上がりまして。
天皇は非常に心もとない日々を送っておられました。

そこである時、僧侶を招いて祈祷をさせることにいたしましたが。
これが、当時、祈祷の効験あらたかなることで知られていたという、
三井寺(みいでら)の僧、頼豪阿闍梨(らいごう あじゃり)でございます。

天皇は、頼豪を召し出しますト。

「ともかくも、皇子さえ生まれるようにしてくれれば良い。それさえ叶えば、何でも望むものを褒美に取らせるぞ」

ト、仰せられました。

頼豪が畏まって申し上げますことには。

「久年、深く望んでおりますことがございます。もし主上(おかみ)の仰せにご相違さえなければ、皇子のご誕生はきっと叶えてご覧に入れましょう」

天皇は頼もしい答えを聞いて非常にお喜びになり、

「望むものは何でもきっと取らせるぞ」

ト、重ねてお約束をなされました。

頼豪もまた、非常に喜んで寺に帰りまして。
長年仕えておりますご本尊を前にいたしますト。
肝胆も砕かんばかりに、毎日、身命を賭して祈祷をする。

やがて、中宮様ご懐妊の徴候ありトの報せが伝わりまして。
頼豪はますます、黒煙を盛んに立て、皇子ご誕生を祈ります。

月満ち満ちまして、承保元年十二月十六日のことでございます。
中宮は安産のうちに一子をご出産なされましたが。
お生まれになりましたのは、待望の男児でございまして。
ついにここに、白河天皇の世継ぎがご誕生と相成りました。

天皇はこれを心から喜びまして、頼豪をさっそく召し出しますト。

「なるほど。汝の効験、神妙なり、神妙なり」

ト、喜色満面にてお出迎えになりまして。

「して、汝の望みとは一体何であるか」




ト、尋ねられました。

するト、頼豪は待っていたとばかりに再拝したしますト。

「長年の望みとは、戒壇のことでございます。我が園城寺(おんじょうじ)に戒壇を立て、寺門年来の本意を遂げたいと存じます」

戒壇ト申しますのは、僧侶に戒律を授ける、つまり僧侶と認める儀式を行う祭壇のことでございます。
園城寺――すなわち三井寺には、これがございませんでした。

ト申しますのも、当時、戒壇は比叡山延暦寺にのみございまして。
それを巡って寺門派三井寺は、山門派の延暦寺と、同じ天台宗ながら深い対立関係にございました。

三井寺が戒壇建立の勅許を求めますたびに、延暦寺から必ず横槍が入ります。
延暦寺の僧兵が強訴と称し、日吉大社の神輿を担いで内裏に乗り込んでくる。
平家物語でもお馴染みの場面でございますナ。

「賀茂川の水、双六の賽、山法師(叡山の僧兵)――」

ト、これをままならぬものの例えに挙げましたのは、他ならぬ白河天皇でございます。

天皇はさすがにこれには尻込みをなされまして、

「僧上や僧都の位を求めるなら、いくらでも叶えてやろう。寺領の拡張を所望ならば、それもたやすいことだ。しかし、汝も分かっておろう。皇子に跡を継がせんとするのも、国の平安を願ってのこと。今、寺門に戒壇建立を許せば、山門ときっと合戦になろう。さすれば、汝ら天台の仏法も滅びること必定――」

云々ト、お言葉を濁される。

「愚僧は高位も所領も望みませぬ。ただひとえに寺門年来の宿願を果さんがために、微力ながら身命を賭して、皇子御誕生の祈祷を致したのでございます」

頼豪は引き下がりますが、天皇はやはり応じられません。
様々に奏上いたしますが、取り付く島もないとはこのことで。
次第に阿闍梨の顔に憤怒の相が浮かび上がり始めました。

大悪心を発した頼豪の眼の色が変わる。
両のまなこから、血のような悔し涙がはらはらト流れる。

「この上は、愚僧が冥土へ退散いたしましょう。皇子は愚僧が連れ来たりし者。約束を反故にされるとあらば、元の冥土へ連れ戻すまで」

頼豪は、怨念の籠もった眼で主上をぐっと睨みますト。
ドシドシと地を踏み鳴らすような勢いで、三井寺へ帰って行きました。

――チョット、一息つきまして。

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