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佐渡の八百比丘尼

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こんな話がございます。

ご承知の通り、佐渡はいにしえより流刑の地でございます。

古くは順徳天皇、日蓮上人、能役者の世阿弥など。
様々な人物がこの島に流されてまいりましたが。
徳川様の御代となってからは、もっぱら町方の罪人の終焉地トなっている。

終焉地トはどういうことかと申しますト。
この地に流されたが最後、生きて帰ることはまずありえません。

まずは瓢箪責めという慣例から始まりますが。
これは、己の股ぐらに頭を突っ込むような形をとらせまして。
その形のまま、縄で厳重に縛り付けられるトいうもので。

この責め苦には、どんな悪人でも悲鳴を上げて、苦しがります。
中には、この時点で息絶えてしまう者もいる。

やっとのことで解放されますト。
実はここからが本番で。

三年三月の苦役を勤め上げれば、晴れてお赦しトなりますが。
まず、満期を迎えられる者がおりません。

針山のような鉱山を、裸足で歩き回らせられまして。
ざるのような桶で朝から水を汲まされます。
その上で、一日中、金銀を採掘させられますが。
これが非常な重労働でございます。

これら「いずれ死ぬことが決まっている」罪人たちでございますが。
ここへ送られてくるト、必ず通らなければならない儀礼がもう一つある。

鉱山の奥深くに岩屋がひとつございまして。
そこに「八百比丘尼(やおびくに)」と呼ばれる尼僧が住むという。
佐渡へ流されてきた罪人たちは、この尼僧を一度は詣でることになっている。

「どうしてこの期に及んで、婆アの説教など聞かねばならんのだ」

誰もがそうボヤキますが。
岩屋に連れて行かれるト、誰もが我が目を疑います。

ト、申しますのも。
暗い岩屋の中でじっと座しているのは。
老婆どころか、十五、六の美しい娘で。
それが、剃髪した尼僧姿で、憂いがちに目を伏せている。

今ここに、三人の新入りが連れてこられまして。
一人はまだ二十歳すぎの若造で。
もう一人が四十絡み、最後の一人は七十ほどの老人でございます。

「今にわかりますよ」

驚きのあまり口をぽかんと開け放している罪人たちの。
最も若い一人に、尼僧は優しく声をかけますト。
ゆっくりト、問わず語りに語り始めるのでございました――。

* * * * * * * * * * * *

比丘尼はもと、佐渡の漁師の娘でございます。
俗名をおさよト申しまして、漁師の父と二人で暮らしておりました。

ある冬のことでございます。
父の帰りを待ちがてら、おさよが所在なく浜辺に佇んでおりますト。
波間に何かが浮かんでは沈むのが見えました。

はじめは何気なく眺めておりましたが。
そのうちに、それが人であることに気が付きまして。
しかも、よく見るト、ただの人ではございません。

一糸まとわぬ若い娘でございます。
雪のような白い肌に、金色に輝く長い髪。
村で見るような娘とはまるで容姿が異っている。




もしや、これが噂に聞いた異人ではないかト。
おさよは、その姿を見てハッと思った。
この島に、遠い外つ国から、幾度か流れ着いたことがあるト。
そんな話を聞いたことがございます。

異人はおろか、よその村の人間でさえ、見たことのないおさよでございます。

波間に漂う裸形の娘――。

まるで天女のようにも見えますが。
世にも恐ろしい女妖のようにも見えてくる。

そんなことを思いながら眺めているうちに。
おさよは重大な事実に気が付きました。

――あの異人は、私に助けを求めている。

異人の娘はただ波間に漂っているのではございません。
遠くからおさよをじっと見つめて、何かをこちらに叫んでいる。

漁村で育ったおさよです。
これが村の女なら、すぐにでも飛び込んで助けに行ってやりたいが。
どうしても躊躇されるのは、そこに溺れかかっているのが、異人らしいということで。

とはいえ、見殺しにするのも忍びないですから。
おさよはとりあえず海に入るト。
様子をうかがうようにして、異人の娘に近づいていきました。

異人の娘は、海水を飲み込みながら、苦しそうにもがいている。
泳げないのだろうかト、一度潜って下から抱えてやろうトした、その時――。

おさよは、異常な光景を水の中に見た。

異人の娘は、腰から下が人でない。
いや、人には違いありませんが。
まるで人と魚とを掛けあわせたような姿をしている。

どういうことかト申しますト。

この娘は、腰から下を縄のようなもので、隙間なく縛り付けられているのでございます。

異人の娘が流れ着いただけでも、心が落ち着かずにいたところへ。
それが半人半魚のような姿で、荒れた海を彷徨っている。
ばかりか、断末魔の表情を浮かべて、もがいています。

おさよは、そんな異常な光景を目の当たりにして。
思わず、逃げ出したい気持ちに駆られました。

異人の方でも、それを察しましたか。
下に潜り込んだおさよを、死にものぐるいで掴もうトする。

思えば、藁をも掴む思いだったのでございましょうが。
おさよには、鬼に魅入られたようにしか思えませんでした。

おさよは必死に鬼女の腕を振り払い。
漁師の娘とは思えないほどのほうほうの体で。
なんとか浜辺に泳ぎ戻ってまいりますト。
恐る恐る海を振り返ってみましたが。

すでに異人の娘は、波間から姿を消しておりました。

――チョット、一息つきまして。

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