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犬が狐を殺しに来る

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どこまでお話しましたか。
そうそう、熊野のある村の男に取り憑いた狐が、禅師の祈祷も物ともせずに、その男を取り殺してしまったところまでで――。

それから一年が経ちまして。
その男が死んだ、禅師の庵の一室に。
弟子の一人が起臥しておりましたが。
ある時、この弟子が重い病に臥せりました。

すると、まるでこの時が来るのを待っていたかのように。
見知らぬ男が一頭の犬を連れて、禅師の庵へやってきた。

犬は仇にでも出遭ったかのように。
しきりに吠え立て暴れている。

鋭い爪で掴むように、地を掻きまして。
今にも綱を引きちぎり、首輪の鎖を断たんトする勢いです。

連れてきた飼い主らしき男も弱り切った表情で。
おそらくは、犬を連れてきたと申しますよりは。
犬に連れられてきたト申すのが、正しいのでございましょう。

禅師の弟子は、己に向かって吠え立てる犬を目にしましても。
何ら驚くことなく、虚ろな目付きでこれを眺めている。

犬はその様子を見て、さらに憤ったのでございましょうか。
鎖と綱の枷を振り払い、飛ぶようにして禅師の弟子に襲いかかっていった。

犬が尖った牙で、禅師の弟子に食らいついたかト思われた、その刹那――。

弟子の体の中から、引っ張りだされてきたのは、紛うことなき一匹の野狐。
凶暴な犬の大きな口に、頭を飲み込まれるようにして咥えられている。

その瞬間、弟子が夢から覚めたかのように、ハッとあたりを見回した。

「その犬ッ、待てッ」

禅師は事の次第を瞬時に悟りまして。
犬をとどめんとしましたが、時すでに遅しで。

猛犬は、弟子の体から引っ張り出した野狐を。
頭を咥えたまま、ぶるんぶるんト振り回しますト。
怨恨の限りを尽くして、地に叩きつける。
大樹の幹に叩きつける。

その拍子に、狐の体が犬の大口を離れて、飛んでいきました。
犬は逃げられては叶わぬト、急いで駆け寄って行きましたが。
狐はもはや逃げようとも隠れようともいたしません。
鷹揚として、犬の走り来るのを待っている。




それを見て、犬はますます憤る。

狐の尾に食らいつき――。
四つの足に食らいつき――。
腹に食らいつき――。
喉輪に食らいつき――。

その間も狐は一切抵抗をいたしません。

とは言え、体中を鋭い牙で食いつかれておりますから。
もはや、息も絶え絶えです。
犬も疲れたものト見えまして。
「どうだ」トばかりに見下ろした。

すると、禅師にも弟子にも犬の飼い主にも――。
そして、おそらくは犬自身にもでございましょうが。

狐が一瞬、ニヤリと嘲笑したのが分かりました。

「狐よ。なぜ、笑う」

ト、禅師が思わず問いかけますト。

狐は、さも「わけもない」ト言わんばかりの表情で。
こう言い放ったト申します。

「なに、次は猿に生まれてくるから、待っておれ」

言い残して、狐は犬に食い殺されていきましたが。
その犬の口元は、心なしか震えていたという。

そんなよくあるはなし――。
もとい、余苦在話でございます。

(「日本霊異記」下巻第二『生物の命を殺して怨を結び、狐と狗とに作りて互に相報いし縁』ヨリ)

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