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妲己のお百(五)峯吉殺し

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こんな話がございます。
またぞろ、妲己のお百の悪行譚でございます。


こんな話がございます。 これから幾回かに分けまして。 「妲己のお百(だっきのおひゃく)」の悪行譚をお話しいたしますが。 今回、お百はまだ出...
(大坂の廻船問屋、桑名屋。先代が斬った海坊主の怨霊が、十数年の時を経て甦る)

こんな話がございます。 いよいよ、妲己のお百(だっきのおひゃく)の悪行譚でございます。 (大坂の廻船問屋、桑名屋。先代が斬った海坊主の怨...
(海坊主に憑かれたお百が、桑名屋の女房を理不尽に追い出し、死に追いやる)

こんな話がございます。 またぞろ、妲己のお百(だっきのおひゃく)の悪行譚でございます。 (大坂の廻船問屋、桑名屋。先代が斬った海坊主の...
(先妻の亡霊に滅ぼされた桑名屋。お百の入れ知恵で金を詐取し、江戸へ出奔)

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(芸者美濃屋小さんに変じたお百。追ってきた桑名屋を誘い出して殺す)

お百の新しい金づるとなった美濃屋重兵衛でございますが。
旅商人ゆえ、いつも家を留守にしております。

その分、お百は毎日を気楽に過ごしている。
だがそれも、旦那が金を持って帰ればこそ。
留守があまり長く続くと、自分が遊ぶ金がない。

お百は毎日座敷へ出てせっせと稼ごうというような。
殊勝な心がけの女ではございませんので。
そのうちに座敷へも出ず、方々から金を借り。
家にこもって酒ばかり飲むようになった。

時は正月七日頃。
朝から雪がちらほら降っている日で。
お百の小さんはひとり三味線を爪弾きながら。
小唄を唄い、銚子を傾けている。

ト、そこへ――。

「雪はしんしん 夜(よ)もその通り
どうせ来まいと真ん中に ひとりころりと膝枕――」

どこからか聞こえてくる門付けの唄い声。
同じく女の声で小唄を唄っております。

病み上がりか、声がややしわがれている。
三味線も破れているのか、胴鳴りがする。

とはいえ、お百も上方唄で評判を取る美濃屋小さんでございますから。
この門付けの腕の確かなのは、よく分かります。
その切ない調子に感心して耳を傾けておりますト。

「ごめんなさいよ」




ト、ガラリと戸を開けて入ってきた男の声。
亭主殺しの後ろ暗さがあるお百は、思わずサッと身構える。
立っていたのは箱持ちの兼どんで。
ご承知の通り、芸者の商売道具を茶屋へ運ぶ小男でございます。

「なんだね、びっくりした。女の家の戸を急に開けるんじゃないよ」
「姐さん、あちこちのお座敷からお呼びがかかってるのに、そう引き篭もっていられちゃ、あっしが困る。姐さんが座敷に出ないとこっちが干上がっちまいます」
「そんなことよりさ。さっきから粋な唄声が聞こえてくるじゃないか。門付けにしておくにはもったいない腕前だよ」
「ああ、そのことなら、あっしもさっき見かけてびっくりしました」
「びっくりしたって」
「ええ、あれはね――」

ト、兼どんが語りだしたのは、その門付けの哀れな素性でございます。

一昔前には、太田屋の峯吉(みねきち)と名乗り。
深川一の評判を取っていた芸妓だそうで。
日光街道は粕壁の大店(おおだな)、葛西屋の主人に見初められ。
めでたく身請けされたのがその全盛。

ところが、葛西屋が米相場に手を出したのがケチのつき始めで。
瞬く間に身代は潰れ、反対に借金取りに追われる始末。
旦那は逃げるようにしてこの世から去る。
悪いことは重なるもので、取り残された峯吉は、心労からやがて目が暗くなる。

今は十三になる娘に手を引かれ。
かつて栄華を極めたこの深川で。
小唄を唄い、門付けして、何とか食いつなぐ日々だと申します。

「兼どん。その姐さんをこっちに上げておやりなよ。せっかくだから、深川一と評判を取った唄声を、目の前で聞かせてもらおうじゃないか」

ト、人情家らしく声を掛けましたのは。
戸の外に見えた娘の器量が、存外に良かったからで。

峯吉の哀れな身の上話を、聞いていたはずのその間に。
すでにお百の頭の中には、狂言が一つ書き上がっておりました。

――チョット、一息つきまして。

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